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状況が裂いた部屋

音楽と映画と日常について

ゼミの思い出

正月で暇なのでゼミの思い出話を書く。

 

   大学では日本史のゼミに入っていた。日本近代史の専門。

ゼミは楽しかったので真面目に取り組んでいたし卒論もそれなりに頑張った気がするが、勉強した内容を覚えていないところからしてそういうことなんだと思う。

文系のゼミとは大体そんなものかなとも思う。とても失礼だけど。

 

 

   先生が個性的な人だった。主に近世の日本と諸外国の貿易や文化の伝来など、国際関係がメインらしい。研究熱心でしょっちゅうロシアなど海外に出張するので、ゼミがひと月まるっと休講になることもしばしばあった。おみやげは決まって不味いチョコを買ってくる。

   大学教授がやらなければいけない事務手続きに非常に疎く、学生がどの単位を取れば卒業できるか全然把握していなかった。もちろんそのあたりは学生が自分で把握しとくべきはずなんだけれど。しかし先生は自分の開講しているゼミの正式な講義名や受講している学生の名前・人数すら把握していなかったので(総勢15人くらいだった)、相当な部類だと思う。どうしても必要な事務は代々ゼミの院生が引き受けていた。

それでも解説は丁寧で、質問にも逐一調べて答えてくれたので、本当によい先生だったなと今更感じる。学部のほかの学生からは人気はなかったようだけど。というかそもそも認知されていなかった。

 

   大学教授に時々いる、妙に子供じみたところがある人間にまさに当てはまる人で、ゼミ旅行で行った熱海では学生よりはしゃいでいた。尋常でなく酒が強く、乾杯のビール以外ひたすらウイスキーかバーボンをダブルで飲むのでそれに付き合うと次の日のゼミは出れなくなる。

他にもエピソードはたくさんあるのだけれど、先生ネタはあまり書きすぎると簡単にバレそうなのでやめておく。

 

 

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   ゼミ室は学部棟の8階にあった。とても居心地がよい場所だったので、3年の秋~4年の夏にかけて、公務員試験の勉強のために土日も含めほとんどの時間をこの部屋で過ごした。

バイトを辞めてひどく貧乏な時期でもあったので、光熱費の節約にもなった。家電がやたら充実した部屋だった。きっと卒業生が処理に困って寄付していったんだと思う。

   学生街で飲み会が終わった後、酒をしこたま買い込んでゼミ室になだれ込み、そのまま朝まで2次会、なんてこともよくやった。ソファーはさすがになかったので椅子をつなげて寝て、次の日朝イチのゼミで発見される奴もいた。

   いまだにそういう阿呆なことやってるのかな、一切なくなってたら淋しいな、と思っていたけれど、最近飲んだ後輩に聞いたところ相変わらずやっているらしく、なんというか愛おしい気持ちでいっぱいになった。

迷子になりたい

    迷子になりたい。正確には「あー、自分いま迷子になってるな…」という状態に憧れてる。

 

   思えば物心ついた頃からずっと同じ街に住み、絶対に親元から出て違う場所に住むぞ…と決めていながら大学進学も上手くいかず結局街を出られず、そして就職はまあここまできたら、と同じ街に留まった。恐ろしいことに10日以上連続してこの街以外で起きたことがない。

 

   息苦しい実家暮らしに飽き飽きして、休日にどこか遠くへ行きたいな、と当てもなく車を走らせることがある。でも、「どこか知らない場所」のことを指しているであろうその「どこか」はどこにもない。20年も住んでいれば周囲の地域はどこに何があるかなんて全て知っているからだ。

 

   自分のことを知る人が誰もいない、誰にも干渉されない土地で、ひとり静かに暮らしたい。

   こんな些細な望みすら叶わない世の中は辛い。

語り得ないもの

    ここ最近、自分の頭の中がひどくごちゃごちゃしているのを感じる。元から自分の考えを整理できない人間で、大事なことを人に伝える時は一度話をシミュレーションしてから話題にする癖をつけていた。しかしタイミングというのは大抵自分で選べないことが多いし(特に仕事など)、言葉が足りなかったり、変な伝わり方をしたり、結局消化不良に終わることばかりであーあ、また伝わらなかった、と悔しい思いをする。

   会話としての言語化が苦手なら文章があるじゃないか、せめて文章なら、とこうしてブログを書こうとしてみたり、仕事終わりの喫茶店でノートに向かってみるけれど、頭の中にある考えを文章として綺麗にまとめ、伝えたい人に伝える状態として出力することがどうも出来ない。せいぜいメモ書きの何行かで止まってしまう。
   そもそも今ここで言っている文章化したい対象、頭の中に確かにあるのにアウトプットしたいけど出来てない考とは何なのか、というと自分が毎日感じ考えている物事、聴いた音楽、観た映画、読んだ小説の感想だったりする。言いたい事、体験した感想、それらを文章として残したい、もしくは文章化して頭の中を整理したい、そういった目的で書こうとしてるのに、どうにも文章が出てこないのだ。もどかしいことこの上ない。

    大学1年の頃、「シネマワークショップ」という講義をとっていた。週一回、2講義分の時間をぶち抜きで使い、一本の映画を見てグループで感想を伝え合う。そして翌週の講義でそれぞれグループ毎に映画について好きな観点からの考えを模造紙(大洋紙といいたい…)にまとめてプレゼンする、という内容だった。
    取り上げた映画は「ニュースの天才」「JUNO」「ニューシネマパラダイス」など、毎回講師が選び、ジャンルは様々だった。他にももう2本くらいあったはず。どの映画の回か忘れたが、プレゼンで印象的なやりとりがあった。どこかのグループが、「主人公の言葉では表現できない何かについて」みたいなひどく曖昧なタイトルでプレゼンをした。内容はあまり覚えてないが、喋っていたそのグループのリーダー役は結論をまとめきれておらず、最後には「主人公には…なんかこう… 言葉じゃ説明できない何かこう…葛藤があったと感じました!」と締め括った。それに対して講師は「その『何か』を上手く言葉で説明してくれなきゃ」と至極真っ当な指摘をしたのだった。

   プレゼンを聞いていた僕も指摘は「ですよね〜」と聞いていたが、確かにその映画の中で表現されていた主人公の悩みや行動は説明が難しいのは事実だと感じた。言ってしまえば、「それは、映画を観て感じてください」としか言いようがない。もしかしたら撮った監督もそう言うのでは?むしろそうであってほしいくらい。


   何が言いたいかというと、客観的な批評はあくまで客観で、本質を伝える言語化は本当に難しい。けれどもそれを承知で言語化しないと無理な話だ、ってこと。…全然まとまってないけれど。

煙草を吸うシーン

   傑作である「踊る大捜査線」シリーズ(※劇場版3作目を除く)のスピンオフ映画は何本かあるが、その中でも特に好きなのが「交渉人・真下正義」(2005年、フジテレビ)だ。主演はユースケ・サンタマリア
   この映画の終盤、事件が一応の解決を見て、登場人物たちが歓声をあげて湧く中、國村隼(鉄道会社の総合司令室指令長の役)が喫煙室へ素早く駆け込んで吸う煙草。最初にこの映画を見た当時小学生だった僕は最高に美味しいんだろうなと思いながら観ていた。

   あともう一つ、映画で渋い俳優が美味しそうに煙草を吸い、憧れた覚えがあるが思い出せない。

   最近吸った煙草の中で一番美味しいと感じたのは、バンドのレコーディングにてベースを全曲撮り終えて、ドラムと缶コーヒーで乾杯しながら吸った煙草だ。ひと仕事終えた後の煙草ほど美味しいものはないな、とひとりニヤニヤしながら深々と一口吸い、しかしそれがひと月ほど禁煙した後最初だったために酷いヤニクラになり酷い眩暈を喰らった。それでも美味しかった。

働く意義の研究

   定期的に鬱になる事がある。病院に通うほど深刻なものではなく、せいぜい「鬱モード」と呼べるくらいのもので、誰にも会いたくなくなり何も考えられなくなる。取り留めもなく不安な考えに取り憑かれて全てを投げ出して遠くへ逃げたくなるが動く気にもなれない。それでもDVDを大量に借りてひとり部屋に篭って布団を被ってじっとしていればいつの間にか(長くても3,4日)おさまってしまうので、誰にでもあることだろうと深刻に考えてはこなかった。始まったのは20歳になった大学2年頃からだったと思う。こういう時こそ誰かに話を聞いてもらう方がすぐ楽になれるんだろうな、とはなんとなく思っていたが、あいにく恋人はいないし、友達にも弱っているところを見られたくないという変なプライドのせいでいつも映画でやり過ごすのだった。


    半年ほど前から社会人になってからも、この「鬱モード」は時々やって来た。以前と違うのは、「平日は仕事をしなくてはいけない」という当たり前の問題だ。学生の頃は講義なんてサボろうが誰にも咎められず、バイトだって代わりを立てれば休めないこともなかったので何日か家に引き篭もっていようが許された。
   しかし社会人は違う。給料が発生しているのだ。お金を貰うことには責任が発生する。どんなに気分が落ち込んでいようが、朝6時半には起きて自分をなだめすかして出勤し沢山の人とはなしパソコンを打たなければならない。どうなに嫌であろうと自分を騙してでも。


   公務員試験の勉強をしている時も考えたが、何か行動するときの「モチベーションの維持」というのは難しい問題だ。「22歳を過ぎれば働くのは当たり前」と自分に信じ込ませて仕事に向かうか、きつい時はどうしても出てくる。なにか報酬があれば頑張れるかもしれないと、「週末にあの漫画読もう」とか「あの映画観に行こう」などの『小さな楽しみ』(週単位で手に入るもの)と「来月はあそこに旅行へ行ける」とか「ボーナスでiPadを買う」みたいな『大きな楽しみ』(数ヶ月〜半年単位のもの)の楽しみを励みにする事にした。こうして書き出すと物欲って大事なんだなと感じる。

   それでも最近はこういった楽しみを仕事へ打ち込む動機に変えられなくなってきた、特に「鬱モード」へ突入してしまったときには。
   時折来る鬱が少し強くなったのか、それとも目先の楽しみでは根源的な辛さを解決出来ない事に気付いてしまったからか。(本当はもっと前から自覚してていたが。)

   ここまで来ると、自分の為に働くことは無益な気がしてきて、かといって結婚したり家庭を持ったりして「家族の為に働く」とか、まあせっかく公務員として働いている事だし「人の為に立つ仕事をする」ことに生きがいややりがいを見い出さなければいけないのかいやそもそも「働くことの意義」とかの話を… その前に仕事は生活の手段であって目的ではない訳で……と、

どんどん分からなくなっていき、混乱した頭で明日も出勤する。

書けない人間

説得力の塊のような文章を見つけたので、いつでも読み返せるようブックマークしたついでにここにも貼っておこうと思う(無断転載とかにあたらなきゃいいけど…)

文章を「書ける人」と「書けない人」のちがい

インプット過多の常にごちゃごちゃした頭で、考えを整理して文章なり会話なりで人に伝える能力が著しく低い自分は典型的な「書けない人」なので、書く作業を習慣づけたいなと思う。思うだけなら誰でもできるのだけれど。

「窮屈さ」の研究

 窮屈の原因は何なのか、と真面目に考えてみる。

 
   高校生の頃の自分は、ある意味で健全で真っ当な、どこにでもいるような男子高校生らしい悩みを抱えていた。定期考査の度に築く赤点の山、部活では上手い後輩の活躍で試合の出番が減る一方で、クラスではなんとなくキャラが定まらない。ロッキングオンがよくやる90年代特集の号を買ってはスマパンペイヴメントウィーザーあたりをひたすら聴きまくる、典型的な冴えない学生だ。
  進学校だったので、1年の頃から志望大を第3志望まで書かされ、模試もしょっちゅう受けさせられていた。大学に進学するのは当たり前、受けるからには少しでもレベルの高い大学を受けましょう、そんな流れが完全に出来上がっていたが、そこについては特に窮屈さは感じなかった。「そういうものだ」という暗黙の了解のようなものの不気味さは感じていたが、真っ当な毎日馬鹿騒ぎをしている同級生たちもそのあたりは諦めているというか、まあ大学生になればきっと一人暮らしもできて好きなことをやる時間も持てて、やりたいことはいくらでもできるさ、と大人しくコツコツ勉強していた。教師たちや親に上手いことコントロールされていたのかもしれない。それでも何人かは、中退してフリーターになった後自衛隊に入った奴や、震災をきっかけに思うところがあって、とボランティア活動をすると言い残していなくなった奴がいた。それはそれでかっこいい生き方だと思う。そうやって強烈にやりたいことなどみつからないし、専門性の高い方面に進むことは他を選ぶ選択肢を消すことになるし、あと数学出来ないし、など理由をごねた自分は文系の大学生になったのだった。
 
 
   合格したのは地元の大学だったが、なんとか親を説得し一人暮らしが出来ることになった。「学生」という一応の肩書きがあり、時間は余る程あり、ないのはお金くらい、という素晴らしい時間だったと思う。そんな誰かのお伺いを立てなくても好きに時間を使えて好きなところへ行くことができる、好きなだけ好きなことをできる環境は幸せだった、最初の2年くらいは。この時期の自由さ加減を考えるとやはり実家暮らしにうんざりしている現状は一人暮らしを始めれば解決する気がしなくもない。