状況が裂いた部屋

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憧れられたいという欲求

憧れられたいという欲求。憧れ、というのは尊敬に似た感情だと思うけれど、実際に自分がそうなりたいと強く思っている、みたいな場合で使われることが多いイメージ。あとは好意を含む意味でも使われるか。「憧れの先輩」とか。ちなみに辞書的な意味は「理想的とする物事に強く心惹かれること」らしい。(goo辞書)
でも「憧れられたい」というとはもう「〜したい」という欲求、承認欲求や名声を得たいという願望、ってイメージだ。ほとんどの人間が持ってる感情だと思う。人前では少しはカッコつけたい、ちょっとでもいいように見られたいし褒められたいし認められたい。そんな俗っぽいのには興味がないぜ、って言ってるやつほどそれはただのポーズで、人一倍人目を気にしてる。本当にこういった感情を一切持たず飄々と生きてる人間なんてほんと一握りだろう
僕ももちろんある。でもここまで書いてあんまり「憧れられたい」って言葉が適当じゃない気がしてきた、つまるところ普通の承認欲求か。いや、お金や名声、人気やモテ度など全部欲しい!って感情をここでは「憧れられたい欲求」と呼ぶことにするか。まとまらない文章だ
何が言いたいかというと、この「憧れられたい」って感情は別に持っていて悪いものではなく、むしろ大事にするべきものなのでは?って話。当然そうだろ、って思う人も世間にはいるのかもしれない。でも僕は最近までこういうかっこつけはかっこ悪い、って考えだった。これもまた厨二が抜けきってない部分なのかもしれないが、「憧れられたい」って行動してる人って意識高そうなバイタリティーのある人だったり、キラキラして苦手な人だったりする(捻くれた主観だが)。僕はそういうのがとても苦手で、なるべく私にはよくなんてないですよ〜というスタンスでいたかったんだと思う。少し違う例えの気もするけど、中学校のクラスで学級委員が文化祭の演劇の役決めをするとき、クラスの中心グループがやる気になって場を盛り上げようとするのをケッ、くだらんね、とか言いながら頬杖ついてる典型的厨二病。この「憧れられたいという欲求はあるのに、それを表面化させて何かに取り組む事にひどく抵抗がある」というこじらせた状況のせいで、こんなにも自己表現が下手な、生き辛い感じになってしまっていると思う。別に「僕は人から憧れられたいです」と公言するとかじゃなくて、人から憧れられるための行動に後ろめたさ、恥ずかしさを感じなくていいんだ、って話。つまり、自分の中にこういう欲求があることは正直に認め、その感情に素直になろうって事だ。



全然話題が変わるが、「憧れられたい」ってそのまんまの曲名の名曲があったのを思い出した。歌詞が自信たっぷりな感じで凄い。1stの1曲目がこれって最高だと思う。
The Stone Roses - I Wanna Be Adored - YouTube
Oasisの1st1曲目も言わずと知れた「Rockn' roll star」で「今夜、俺はロックンロールスターだ」って歌ってるし、なんていうか1枚目の最初に世間に対しての決意表明みたいなのをぶつけていくスタンス、とても格好いいと思う。