状況が裂いた部屋

音楽と映画と日常について

働く意義の研究

   定期的に鬱になる事がある。病院に通うほど深刻なものではなく、せいぜい「鬱モード」と呼べるくらいのもので、誰にも会いたくなくなり何も考えられなくなる。取り留めもなく不安な考えに取り憑かれて全てを投げ出して遠くへ逃げたくなるが動く気にもなれない。それでもDVDを大量に借りてひとり部屋に篭って布団を被ってじっとしていればいつの間にか(長くても3,4日)おさまってしまうので、誰にでもあることだろうと深刻に考えてはこなかった。始まったのは20歳になった大学2年頃からだったと思う。こういう時こそ誰かに話を聞いてもらう方がすぐ楽になれるんだろうな、とはなんとなく思っていたが、あいにく恋人はいないし、友達にも弱っているところを見られたくないという変なプライドのせいでいつも映画でやり過ごすのだった。


    半年ほど前から社会人になってからも、この「鬱モード」は時々やって来た。以前と違うのは、「平日は仕事をしなくてはいけない」という当たり前の問題だ。学生の頃は講義なんてサボろうが誰にも咎められず、バイトだって代わりを立てれば休めないこともなかったので何日か家に引き篭もっていようが許された。
   しかし社会人は違う。給料が発生しているのだ。お金を貰うことには責任が発生する。どんなに気分が落ち込んでいようが、朝6時半には起きて自分をなだめすかして出勤し沢山の人とはなしパソコンを打たなければならない。どうなに嫌であろうと自分を騙してでも。


   公務員試験の勉強をしている時も考えたが、何か行動するときの「モチベーションの維持」というのは難しい問題だ。「22歳を過ぎれば働くのは当たり前」と自分に信じ込ませて仕事に向かうか、きつい時はどうしても出てくる。なにか報酬があれば頑張れるかもしれないと、「週末にあの漫画読もう」とか「あの映画観に行こう」などの『小さな楽しみ』(週単位で手に入るもの)と「来月はあそこに旅行へ行ける」とか「ボーナスでiPadを買う」みたいな『大きな楽しみ』(数ヶ月〜半年単位のもの)の楽しみを励みにする事にした。こうして書き出すと物欲って大事なんだなと感じる。

   それでも最近はこういった楽しみを仕事へ打ち込む動機に変えられなくなってきた、特に「鬱モード」へ突入してしまったときには。
   時折来る鬱が少し強くなったのか、それとも目先の楽しみでは根源的な辛さを解決出来ない事に気付いてしまったからか。(本当はもっと前から自覚してていたが。)

   ここまで来ると、自分の為に働くことは無益な気がしてきて、かといって結婚したり家庭を持ったりして「家族の為に働く」とか、まあせっかく公務員として働いている事だし「人の為に立つ仕事をする」ことに生きがいややりがいを見い出さなければいけないのかいやそもそも「働くことの意義」とかの話を… その前に仕事は生活の手段であって目的ではない訳で……と、

どんどん分からなくなっていき、混乱した頭で明日も出勤する。