状況が裂いた部屋

音楽と映画と日常について

無題

    新潟で暮らして20年目になる。出身は新潟だけど、4歳になる直前まで父親の仕事の都合で東京で暮らしていた。親の離婚をきっかけに母の実家に帰った感じだ。この地方都市はこれぞという観光地はないが住み心地でいえばそこそこ悪くない、丁度良さのある街だと思う。大都会特有の忙しなさや冷たさがあるわけではなく、過疎地のど田舎特有の面倒な寄合いなどの煩わしい人間関係もない。まあこれについては現在実家暮らしなのでちょっとした親戚付き合いくらいはある。それも理由をつけて逃げられる程度のものだ。ロフトがあり、タワレコが一応あり、やたらと美容院が多く、都会へのアクセスは良い、普通に暮らす分には悪くない街。

 

    高校生の頃、様々な要因からくる居心地の悪さや窮屈さ(今思えば7割は自分のせい)にはち切れそうになりながらも平々凡々な男子学生だった僕は大学進学というチャンスで絶対にこの街から出て行ってやろうと心に決め、それをモチベーションに勉強に励んでいた。街を出るからには都会がよいなあと思いながら、本屋で関東の大学の赤本を眺めていた。数学ができないから文系、やりたいことは特にないけど小説が好きだし日本史も好きだな、うちには金がないな、などと考えているうちに自然と進路は関東の某国公立文系に定まった。しかし、センターの点があまりにも微妙で出願はあっさり諦めた。その下となると関東にちょうど良い偏差値の大学は無く、ならばと同じ北陸だけど少しレベルの高い金沢の大学を受験する悪足掻きをするも見事失敗、浪人は出来ない事情から結局後期である意味一番受けたくなかった地元の国立大学(後期なのでB判定なのに人文をやめA判だったF欄臭がすごいクソ長い名前の学科)に落ち着いた。

    結論から言えば結果オーライで、23歳になった今ではここで大学生活を送れてよかったと思っている。大学は良い時期も悪い時期もあったけどそれも引っくるめてとても楽しかった。地元の大学に進学しなければ地元に就職することもなかっただろうし、今の仕事にも就くこともなかったと思う。今の居場所は自分にちょうど良く、バンドという生き甲斐もある。映画を観ることも読書も旅行も割と出来てる。

    確か大学3年くらいの春、男友達といつもの呑み屋でだらだらと瓶ビールを飲んでいた時、なんとなく就活の話になった。一応お互いそういう時期だったし。僕が公務員試験の勉強をして、地元の役所を受けるよ、というとそっかあ、いいんじゃねと言われた。そいつは院に進むと言った。理系はそういう選択もあるよね、研究室大変かもだけどモラトリアムの延長が出来るのは羨ましい、と僕は言った。次に唐突に友達は姉の話をはじめた。大学を出て、地元で社会人になり、働きながら普通に元気に働く姉のことを一通り話してから、それもいい人生かもしれないけど、と前置きして奴は言った

「自分を納得させる生き方はしたくないよね」

 

その後酔い潰れた友達を家に送ったあと、コンビニに寄り初めてタバコを買って吸いながらか考えた。自分がしようとしている選択は、まさにそれなんじゃないのか…と

 

    時間は経って、結局自分は地元で公務員になった。良い落とし所に落ち着いた、とも言えるし、可能性(薄っぺらい言葉だ…)から逃げたと見ることもできる。東京でも2社だけ民間を受けたけど選考の途中で今の就職先が決まり蹴ってしまった。それが間違ってたとも思わない。

   それでも、「自分を納得させる生き方」という言葉が少し引っかかったのも事実だ。

 

 

   まとめると、都会に出ることに漠然と憧れていた昔の自分の願望は叶わなかったが、社会人2年目でそんな人生を肯定できた、ということ。

この街がまあまあの規模の地方都市で、就職先の待遇がまあまあ良く、今後の自分もまあなんとかやっていけそう、という見通しが立ってようやくこうして言えることでもあるので、一度は街を離れて全く違う環境で暮らしてみるのも悪くないかもしれない。でも、そのリスクを考えるとやっぱり今の生活がいい。

広告を非表示にする