状況が裂いた部屋

音楽と映画と日常について

最高に粋な遊び

http://jaws-complete.tumblr.com/

禁断の多数決のメンバーによる、スピルバーグの某映画への愛とユーモアに溢れた一連の映像作品。

単純にB級短編映画としてどれも面白いんだけれど、このプロジェクトの実の目的は「バック・トゥ・ザ・フューチャーPART2」(監督:ロバート・ゼメキス)の劇中で“2015年”に上映されている設定の『ジョーズ19』と、実際に存在しているスピルバーグによる「ジョーズ」シリーズ1〜4の間の空白、つまりシリーズ5〜18を勝手に制作する、というものだ。着眼点の面白さと、本当に14作を作り切った執念、そして常軌を逸した本家への愛にすっかり感動してしまった。これは本人が言っているとおり「最高に粋な遊び」だと思う。その精神は主導した禁断の多数決のメンバー、シノザキサトシ(現在は脱退)のこの文章に示されている。以下引用。

ーー『バック・トゥ・ザ・フューチャー PART2』を改めて観ると、この未来は、いまこの現実の現在とは当然のごとく、ズレが生じている。中でもいくつか興味深いズレがあり、目を惹くもののひとつとして『ジョーズ』シリーズの19作目が上映されていることがあるだろう。

(中略)現在、本家の『ジョーズ』シリーズは4作目にあたる『ジョーズ’87 復讐篇』で止まってしまっている。要するに『ジョーズ』シリーズ5〜18が空白のまま『バック・トゥ・ザ・フューチャー PART2』は現在に来てしまったわけである。だからといって『バック・トゥ・ザ・フューチャー PART2』の未来をやはり空想のものだったと我々は悟ってはいけない。『バック・トゥ・ザ・フューチャー』3部作を観て、胸をときめかせたものなら、誰でもこの未来は実在する未来として、いつまでも観ていたいのだ。マーティ達がこの世界のどこかで活躍していると信じているものにとって、この『ジョーズ19』も、もちろん実在している。タバコでも買いに出掛けたときにポッと思いついたような気もしなくもないこの無邪気な設定。それでも我々は、この空白の『ジョーズ』シリーズを5から18まで不眠不休で制作することになることに何一つ苦は感じなかった。それどころか、マーティがやって来る現在と同じ世界に生きていると信じて、映画と現実を繋げるのは、最高に粋な遊びと感じたのだ。では、これをつくることによっていったい現在に何か起こるのだろうか??何も起こらないかもしれない。だが、もしかしたら何か起こるかもしれない。そう考えると、何か起こるほうに賭けてみようではないか。どこかでばったりマーティに鉢合わせたとき、我々は彼にまず伝えることがある。それだけで充分じゃないだろうか。そういう気持ちの心構えこそがロマンなのであり情熱である。それを教えてくれたのは、当の『バック・トゥ・ザ・フューチャー』なのだから、もうなにも言うことはないだろう。

禁断の多数決    シノザキ サトシ

 

ZINE「Bubble Whistle」より引用

 http://zine.bubble-whistle.org/reviews/jaws-19-text/

最高だ。この気概で作られた作品だと思うとこの人たちの「ジョーズ」シリーズもなんだかさらに美しいものに見えてくる。ロマンと情熱、好きな作品への愛… 大人になるといつしか好きなものへの情熱は薄れていき「昔は好きだったなー」くらいの心持ちになるものだけれど、純粋なキッズだった頃の気持ちを持ち続け、こうしてついには愛に塗れた独自の作品を作り上げた行動力に感服した。自分もこういうマインドを忘れずに生きたい。つくづくそう思った。