状況が裂いた部屋

旅行と読書と生活

救済小説

エピソードが3つある。ひとつは高校3年の2月下旬のこと。大学の前期入試に失敗した自分は高校の図書室にいた。誰かと話をしたかったけれど、人気のない部屋には同じように辛気臭い顔をした人間しか居らず、一体これからどうしたらいいのかと気持ちはひたすら沈んでいた。

そこで気分転換に本でも読むか、とたまたま手に取ったのが金城一紀の『レヴォリューションNo.3』だった。読み始めると止まらなくて、そのまま借りて家に帰り、その日のうちに全部読み切ってしまったのを覚えている。とんでもなく面白く、笑えるけど切なくて、登場人物たちが全力で生きている姿に心を動かされた。そして何より、物語に熱中している間は全ての煩わしい事を忘れさせてくれる、そんな事実が当時の自分には新鮮な体験だった。高校生活の終わりというタイミングで読んだからあんなにも心に響いたのかもしれない。

 

大学2年の冬、完全に暇を持て余していた自分はまたしても図書館にいた。大学の図書館はそこそこ綺麗で、居心地も悪くなかった。3年になりゼミ室に居場所を見つけるまではよく通った。僅かしかない913の分類から良さそうな文庫本を選んで、少しずつ読む毎日。その中に金城一紀の名前を見つけ、『対話篇』という短編集を借りて帰った。家で読んで正解だったと思う。あまりに号泣してしまい、ページが涙で濡れてしまって乾かさなくてはいけない程だった。確か「花」という名前の短編があって、どうしようもなく泣けた。余命僅かな弁護士と主人公が南へ旅をする話。

 

社会人になってからは、あまりの忙しさに読書から遠ざかってしまった。それでもバス通勤をしていた2年間は常に文庫本を鞄の中入れ、短編集やエッセイ本などを読んでいた。そんな時にブックオフで見つけたのが、またしても金城一紀の短編集『映画篇』だった。そしてこれが、現在まで自分の中で一番大切な本になっている。

収録されている短編はどれも傑作で、読み返すたびに何度も泣きそうになるんだけれど、「太陽がいっぱい」が一番好きだ。親友との友情と、少年の頃一緒に観た沢山の映画の記憶に救われる、ある小説家の話。

自分の人生の中で、どれだけこの人の小説に励まされてきたか分からない。「太陽がいっぱい」で描かれる「良い映画や物語に感動した記憶は、何度でも人を救うことができる」というテーマを、まさにいま自分が体験しているという状況に痺れてしまう。そして、父親がいない自分の境遇を少しだけ誇りに思えるようになった。スティーブ・マックイーンにも父親はいない。同じモチーフが繰り返し登場して、短編同士が緩やかな繋がりを持っているのも美しいと思う。


金城一紀といえば直木賞を受賞した『Go』が有名だろうし、柴咲コウ窪塚洋介の映画は最高だった。2001年頃の窪塚洋介は世界で一番カッコよかったと言い続けてる。

直木賞を取っていながら、もしかしたら脚本家としての方が有名なのかもしれない。映画化までされたドラマ「SP」や、再び岡田将生主演のドラマを書いたりと凄いキャリアだ。

近年は脚本ばかりで、金城一紀は全然小説を書いていない。上の文章で名前を挙げた本が刊行されている小説のほぼ全てである。『レヴォリューションNo.3』はゾンビーズ中心の短編集としてシリーズ化されているが、やはり第1巻の3編があまりに面白く、続編はこれを超えられていないと思う。

 

作家の読書道:第6回 金城 一紀さん

このサイトで本人が作家になるまでの半生を語っているんだけれど、学生の頃書こうとしたけれどまだ今じゃない、と判断して小説や映画を観る生活をしていたそうだ。「ニムロッド」書いた上田岳弘もそんな事を言っていた。


ちなみに今この文章を書くために本人のツイッターを見にいったところ、コロナウイルスで外出自粛中に観れる映画を30本も紹介していた。『アラビアのロレンス』『がんばれ!べアーズ』『スティング』『宇宙からの遊体X』…。どれも配信で観れるそうなので観なくては。

 

3,4年前も同じように小説を書いている、とツイートしていた気がするが、もうここまできたらじっくり腰を据えていつまでも待ちたい。ぶっ飛んで面白い小説で、また自分を救ってほしい。