kindleで読んだので読了メモ。
はてな匿名ダイアリー(アノニマスダイアリー、通称「増田」)に時々現れては名文を書き残す、ある日本人男性がその半生を綴った電子書籍。
自分がこの人を初めて知った文章は「人生に物語はいらない」だった。
何度読んでも素晴らしい。淡々としているけれどグルーヴ感があり、少し「オン・ザ・ロード」っぽかった。どこまでも自由に人生を謳歌している姿が心底羨ましい。個人的ベスト増田。特にVR chatを使って遊ぶ描写が良い。インターネット黎明期の毎晩お祭り騒ぎするネットの様子を自分は知らないが、この人の文章からはその頃のような熱狂が伝わってきた。
本書「ハッピーエンドは欲しくない」は、「増田」への初めての投稿が注目を集めたことをきっかけに、筆者がセルフ出版したものだ。筆者が生まれてから社会に出て、ドラッグにハマったりニートになったり海外を放浪するなどして、日本に帰ってきて、本を書くまでが描かれる。
以下は読んだ時の自分のメモ。
あらすじ
○ 第一章
主人公は市営団地で育ち、父親と離別して母、姉と祖父の家で暮らす。幼少期にテレビでベルリンの壁崩壊を見た描写があるため80年代生まれか。家庭内は不仲。深夜ラジオで知らない世界を知る。中学で無線部に入り、落ちこぼれたちとバンドをやる。高校は進学校に進んでしまい、育ちの良い同級生にカルチャーショックを受ける。居心地の悪さや父親との不仲から高校を中退。バイトをしながら読書に耽溺。アルコールの問題で母が自殺。社会に組み込まれることに耐えられず何度もバイト先を変える。パソコンを手に入れ、黎明期のインターネットにどっぷり浸かる。プログラミングを覚える。2ちゃんねるに入り浸り、ネットの掃き溜めで居心地の良さを感じる。ケミカルドラッグに手を出し、トリップを繰り返す。バイトも辞め、極限まで堕落。ある日の超絶トリップで我に返り、社会復帰をする。この時期が二十歳頃。
○ 第二章
荒れた生活から社会復帰。派遣で工場に勤めたのち、会社の事務所でシステム開発に従事。英語とプログラミングを勉強。この頃ニコニコ動画が流行る。仕事を辞めドラッグ再開。借金が嵩み、夜逃げして大阪へ。ホームレスになり公園に寝泊まり。西成などで炊き出しで食い繋ぐ。どこまでも気楽な底辺生活。ある日話しかけてきたおじさんの勧めで役所の福祉課へ行きホームレス収容施設に入所。再び働き始めて社会復帰。京都に住むプログラマに。
○ 第三章
仕事を辞め、海外放浪を思い立つ。本籍を京都タワーに移し、バックパックひとつで出国。タイのバンコクを歩き回る。ブログを書くなど。
既存の社会の外側を目指す社会不適合者に共感する。現実の拡張を目指す人々。
「こうした驚くべき航海はもっぱら……この世捨て人たちが浮世の騒ぎや誘惑に悩まされることなく、平和に暮らすことのできる人里離れた場所を発見しようとする願いから企てられたものなのである」──ジョン・クラカワー『荒野へ』
【旅程】
(タイ)バンコク→(カンボジア)アンコールワット→プノンペン→(ベトナム)ホーチミン→ダナン→(ラオス)サワンナケート→パークセー→シーパンドーン→(タイ)バンコク→(インド)コルカタ→バラナシ→カニャークマリ→チェンマイ(タイ)バンコク→(日本)大阪
インドではたくさんの経験をする。ぼったくりの客引き、適当なリキシャ、物珍しいのか外国人に必ず話しかけてくる人々。ガート(沐浴場)で火葬を見たり、プージャー(ヒンドゥーの儀式)に参加したり。ゆったりとした時間の流れの中で、筆者は世の中についての摂理を考察する。そしてプリミティブなエネルギーに魅入り、少しずつ感化されていく。半年で5カ国を巡ったこの海外放浪は2011年ころ。
○ 第四章
新今宮に住民票を写し、プログラミングの基礎を学ぶため職業訓練を受ける。旅行者向けのアプリ「PLANetter」を作成。京都の企業で社内エンジニアとして勤務。リーダーとしてシステムを完成させた後、仕事をばっくれて西成のドヤへ戻る。文章を書きまくり、本書を出版。
波瀾万丈なストーリー(ほんとに実話か?ってくらい)はもちろん凄いが、第三章のバンコクの克明な描写などは沢木耕太郎の「深夜特急」に匹敵するほどの熱量だ。なんて上手いんだろうか。
作中、筆者は自身の価値観が書き変わっていく実感を何度も味わう。西成での路上生活、ベトナムで触れた戦争の記録、インドの影と光。やはり人の旅行記を読むのは面白い。ひとりの人間が、旅から何かを受け取り、自身の内面が変わっていく様子を見るのは興味深い。それは価値観だけでなく、もっと根源的な、何かをやろうとする気力であったり、生きることに向かうモチベーションだったりする。
前半の筆者は、いくつも仕事を変え、環境を変えて、徹底的に世の中の"普通"を外れていく。その根底には「他人の評価や物語を押し付けられたくない」という考えがある。ドラッグに溺れ、自己破産してホームレスになり、どん底を経験する。物語の後半の筆者は、放浪を通じて世界の広さを知る。大切なのは敵を見定めて、決して隷属せず、納得できる生き方を選び取ること。数々の経験からヒントを得て、それらを俯瞰できるようになってようやく、筆者は自分がどう生きたいかを知る。
ただ漫然と生きるのではなく、生き方は選べる。やりたいことをやり、自分のしたいように生きる。それはとても難しいようだが、どんなリスクを背負っても自分の選択を優先するのが納得のいく生き方なのだ。
この筆者は増田の中では割と有名なようだ。自分はエンジニアの世界は分からないが、きっとシステム開発者としても優秀なんだろう。在野の物書き、というか完全に趣味で思い付いた時にネットで近況報告する、野良のエンジニアってめちゃくちゃかっこよくないか。きっと狙ってもこうはなれない。飄々と人生を楽しむ身軽な人間、こういう特異な存在が時々見つかるからネットは面白い。
第三者の方がまとめた時系列↓