状況が裂いた部屋

旅行と読書と生活

好きな旅行記の話

いまだに海外旅行に行けない状況だ。今年は無理でも来年こそは、と思いつつもうあまり期待していない。ウラジオストク旅行を計画してからもう2年も持ち越してる。

ずっとひとつの街で生きてると、なんだか気持ちがクサクサしてきたり、暴力的な、破茶滅茶に極端なことをやりたくなる。そんなときは数日旅行に出て、非日常を過ごすのが一番効く。自分の場合は。なので時々ひとりで小旅行をして旅への欲求を満たしている。それか他人の旅行記を読んで紛らわせている。紀行文なら『深夜特急』第1巻が自分にとっての原点で頂点なのだけれど、あれを超える旅の文章を読みたくてずっとあれこれ読み散らかしてる。

 

『貧困旅行記

f:id:ngcmw93:20211215060004j:imageつげ義春旅行記。1991年刊行。滔々と語られる筆者の思想や旅先の描写が心地よい。

なんと言っても一番面白いのは、最初に収録されている「蒸発旅日記」だ。東京で暮らす筆者が、文通していた福岡の小倉に住む看護師と結婚してやろうと全てを放擲して旅をする話。糸の切れた凧のように、無軌道に適当な旅をする筆者に憧れてしまう。看護師に会いに九州まで行くが、やっぱりやめようかと思って別の街へ行ったり、温泉でストリップ小屋の女と懇ろになったりと、行き当たりばったり過ぎる。豪胆な人かと思えば知らない街で初見の店に入るのにびくびくしたり、人間くさい筆者の心情が赤裸々過ぎるほど書かれている。

深浦七郎の『流浪の手記』に収録されている「風雲旅日記」に影響されたようで、これもいつか読んでみたい。つげ義春がここに書かれた旅をしたのは主に昭和40年代〜50年代であり、こんな寂れた風景はもう残ってないのだろうと思う。作者がまだ存命なのを知って驚いた。

 

 

『表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬』f:id:ngcmw93:20211216202823j:imageオードリー若林の旅行エッセイ。期待を軽く超える面白さだった。大部分はキューバ旅行の話。観光の模様も書いているが、資本主義と社会主義の話から、そこで生きる人の話、自分が考えていること、そして父親の話…と結局は内的な話に終始するのが若林らしい。自分がこの本に期待したのは土地や風景の話よりも、若林がそれをどう受け取り、どう解釈するのかだったのでそこがたっぷり読めて満足した。アイスランド旅行編もかなり面白い。火山の溶岩が固まって大地が生まれる場所、死ぬまでに見てみたい。

若林は文庫版が出た際のインタビューで、自分の文章を読み返した感想として「東京ってどういうところなのかを知るために1人でキューバに行っていろいろ考えて、しつこい男だなって」と笑いながら言っていた。ラジオでもしつこいくらい何回でも同じ話題を話しては自分で「何回目だよ」とツッコんでるけど、大事なことと面白いことは何度話してもいいと思える。ずっと『フィールド・オブ・ドリームズ』と『ファイト・クラブ』の話をしてるけど、ちゃんと(?)バチェラーを観たりAPEXやったりしてるあたり偉い。

自分はここ何年も価値観のアップデートに失敗している。人間はそう簡単に変われない。

 

 

『夜の魚』

f:id:ngcmw93:20220406201153j:imageコミティアで買った同人誌。たいぼく先生の本は何冊も買って読んでるけどこれが一番好き。後半に琥珀が再び登場してからの幻想的な雰囲気と、結局現実に戻ってきた時の落差が可笑しい。ルートビア飲んでみたい。

たいぼく先生のファンなので、コミティアや通販でほぼ全作品買ってるんだけれど、タイ旅行記だけまだ買えていない。描き直して別で出す、と言ってるのでずっと楽しみに待っている。『島とビールと女をめぐる断片』も特に気好き。絵や漫画って表現を持ってる人は強い

 


『しまじまのしじま』

f:id:ngcmw93:20211216225520j:imageアイルランドを旅した記録。絵と写真と文章で丁寧に構成されている、パンフレットと絵本と旅行記のハイブリッドというか、味わい深い独特な本。宝物の本のひとつ。絵もエピソードもとても良い。

f:id:ngcmw93:20211226210742j:image作者のニメイ氏が気になって調べていたら、自分が『暁闇』という映画のクラウドファンディングに参加したとき、阿部はりか監督から貰った手紙に同封されてたシールをデザインした人だった。

 

 

ラオスにはいったい何があるというんですか?』

ラオスにいったい何があるというんですか? (文春文庫)第一章のアイスランドについての文章が好き。世界作家会議に出席する目的で訪れて、風土や食べ物、街の様子や人、風習までかなり詳細に紹介している。アイスランド語は1000年以上前から構造的にほぼ変化しておらず、日本でいう『源氏物語』の時代から今までずっと同じ形の言語らしい。外国人が習得するにはとても難しいとのこと。

「はぐれ子パフィン救出作戦」の話が面白い。海の方向がわからずに街に来てしまうパフィンという鳥を、人々が保護して海岸に離す恒例の習慣。筆者がパフィンで有名なヘイマエイ島に行き、パフィンが飛ぶ様子を見たり、奥さんがパフィンを食べたりする。

これと『北北西に雲と往け』を同時に読んだためアイスランドに行きてえ、と思い、今もずっと考えてる。若林も行ってたし。全土に苔が生えた荒涼とした土地、島全体で30万人くらいしか人口がいないスカスカ具合、人口あたりの作家の数が最も多く、シガーロスムームを生んだ国。一度は訪れたい。

あと、アイスランドにまつわる話を読むたびに、旅行フリークの友人が現地で事故った話を思い出す。

 

 

『SF作家の地球放浪記』

チップがないならポテトを食べればいいじゃない - SF作家の地球旅行記 カナダ編(1)|柞刈湯葉 Yuba Isukari|note

横浜駅SF』で売れた大豆加工食品こと柞刈湯葉のnote。カナダ編とモンゴル編が特に好き。伊豆大島も訪れており、しかも2019年に自分が訪れたのとほぼ同時期に、同じような場所を巡っている。火山の噴火時に火砕流から避難するシェルターを「無駄な公共事業」と呼んでいた。

 


『石原正晴のSWXW道中記』

http://heathaze.tokyo.jp/2013/05/ishihara/

スイセイノボアズが2013年にアメリカのフェス「SWSW」に参加した様子をボーカルの石原氏が書いたもの。ライブレポートだが旅行記としても面白い。文章に独特なユーモアとグルーヴがある。

ちなみにこの時のライブのうち何本かは動画がファンの手で上がっている。ボアズ初代ベーシスト、溝渕 "vibes machine" 匠良のベースが常軌を逸している。あとピザのくだりが長い。

https://youtu.be/LFY4hRycZ7Q

 

 

『極夜行』

f:id:ngcmw93:20211215060404j:image旅行というか、死と隣り合わせの危険な旅をした異常な冒険記だ。筆者が太陽の出ない極夜の時期に、極寒のグリーンランド北部を1匹の犬と徒歩で旅した話。

なかなか姿を見せない月を群馬のキャバ嬢に例えたり、こんな凄い旅を成功させたら植村直己賞間違いなしだな、グヒヒ、とか言ったり(受賞できなかった)、かなりユーモア多めで良い。

あと人間が定住する極北の村、シオラパルクに日本人が2人もいることにも驚いた。人口100人もいないのに。いろんな生き方がある。

 

 

『0メートルの旅』

0メートルの旅――日常を引き剥がす16の物語岡田悠についてはオモコロライターの人、と認識してたけど初めて本を買ってみたら面白かった。こうやって旅を人生の主軸に置いてる人にずっと憧れている。

この人のマニア気質というか、一体どこに向かってんだ、って行動力が笑える。この本の後半は「魚がしのLINEクーポンを3年間記録し続ける」「1年前に自分が自分に宛てて書いた手紙を探す」といった企画が続く。狂気じみた発想と執着、極端さに笑える。エネルギーをどこに使ってんだよ、って突っ込みたくなるが、それが文章になるあたり凄いし、ネタに留まらないドラマがある。意味のない何かに執着することもエンタメになる。