状況が裂いた部屋

音楽と映画と生活

語りの場

用事があって東京へ行く度に、友達と新橋や新宿で朝まで飲むのがお決まりになってきており、本当に楽しい。昨晩もそうだった。朝方、4軒目を出て新宿駅前で解散し、飲み会終わりの少しの寂しさを感じながら銭湯へ行き、サウナに入り少し寝た後に上野をぶらついて帰ってきた。

大人数でのガヤガヤした飲み会もたまにはいいんだけれど、やっぱり自分は3、4人でしっぽりと、一つの話題を延々と話したり、ひたすら好きなものを語る飲み会が好きだ。昨晩も3、三次会からはそのモードでの飲み方だったので良かった。まあ何の話題をしたかといえば大して覚えてなかったりするのだけれど。誰かが好きなものについて熱っぽく語っているのを聞くのは楽しいし、同じ作品を見ていても、それぞれで受け取り方が違って、その解釈の違いを語り合っていく過程で、その自分と違う見方、考え方を理解した時に違う景色が見えるあの感じがとてもいい。ある一人がよくわからない独自の概念みたいなものを提唱し始め、みんなで質問を重ねて説明を聞いていくうちに、ある点で急にストンと腑に落ちて「ああー!」と共感した時のあの感じ。そしてその後の会話でその概念をやたら使いたがる一連の流れ。

 

恩田陸が「残滓と予感の世代」という文章の中で、男子の話は常に細部へと向かっていくものであるのに対し、女子の話は結局「自分の感じていること」がメインであり、最後までそこから踏み出すことはない。男の子の話は、物事のディテールを語っているうちに、そのディテールに捕らわれて狭いところへ入り込んでいってしまう、と書いていて、自分はここで言っている典型的な男の子の話し方なんだろうなとも思い当たってしまった。あのアニメの何話のこういうシーンあるじゃないですか、ここでのヒロインのこのセリフって最初見たときこういう意図だと思ったんですけど実はこういう伏線になっていたんですね最近見直してやっと気付きました、同じ原作者のこのアニメのあの話の中で...あれ、今なんの話題でしたっけ...?細部に凝って脱線し、そして大して言いたいこともないので落とし所もないただただシーンの回想をしてそこ好き...みたいな話しかできない。考察を言葉として喋れる人って素直にすごいと思う。自分のように喋りがあまり上手くない人間にとって、語りたいことを人に伝える手段としては、こうして文章を書くというのは一番手っ取り早い手段のように感じる。いや、手っ取り早くはないか。まあまあ時間も労力もかかる。でもメリットもあって、誰かに言葉として伝えることでは会話ではそれで終わりだけれど、文章として書き出せば形として残り、後から読み直すことができる。そもそもこのブログも自分の中での忘備録として始めたものだし、文章を書いた方が頭の中が整理される感じがあるのでその場としてやっている。それでも、面と向かった会話の流れ、やりとりの中でしか出てこない言葉、というのも確かにあるわけで、さっき書いた概念の件がまさにそれの気がする。とにかく好きな人と好きな話題で心ゆくまで喋るのは楽しい。

でもオールナイトで集まってワイワイ喋れる場ってなかなか限られる。二十代半ばの皆さんは忙しく、集まるとしたら大抵が週末の夜で、誰かの家にでも集まれない限りは飲み屋で過ごすことになり、必然的に酒を飲むしかない訳で、延々とアルコールを入れながらしゃべり続けるのはいいんだけどそこまで飲まなくてもいい気分の時もあるわけで、アルコールなしで朝まで過ごせる場所が欲しい。駅前に朝までガヤガヤできる居心地のいい場所が欲しい。需要あると思う。

 

○追記

昨晩の四次会あたりで百合漫画の話になった時、頭で考えたけれどうまく話せなかった話として、人と人の関係性とかは言葉にして説明することはできるけれど、人が誰かに対して抱く感情は言葉として還元するのがとても難しいよね、という話があるので誰かといま語りたい。名前がついていない感情ってまだ様々あると思うし、大抵が混ざり合って現れてくることが多いと思うので説明が難しい、という話。「純粋に嬉しい」とは時々いうけれど、例えば何か失敗をした時にいう「悲しい」って、往々にして「自分への失望」「期待に応えられなかったことへの申し訳なさ」あたりが混ざった感情だったりする訳で、その辺りを漫画なら表情の微妙な描き方、小説なら文章による状況の説明、なんかで表現しているといったところでしょうか。誰かこのあたり文章にしてないかな。

 

 

 

出発の年齢

 

深夜特急〈1〉香港・マカオ (新潮文庫)

深夜特急〈1〉香港・マカオ (新潮文庫)

 

一体どれほどの人を放浪の旅へ誘ったかわからない、傑作旅行記深夜特急』。バックパッカーたちのバイブルである。沢木耕太郎が2万キロ以上に及ぶ壮大な旅に出たのが1970年代前半のこと。

当時携帯電話はもちろん無く、ミャンマーはまだビルマと呼ばれている。最初に訪れた香港はまだイギリスの領土であり、放浪する人々はトラベラーズチェックを使っているような時代だ。インドのデリーからロンドンまで乗り合いバスで行く。これは目的というより手段の話のように思える。友人と賭けをしたから、以上の大した理由もない。「真剣に酔狂なことをやる」という面白さ。あと単純に文章が上手くて、風景描写や街の人との会話や出来事が目に浮かぶようだ。

自分が海外旅行をする度に旅行記を書いているのは、きっとこの本が頭にあるからだと思う。


僕が一番気に入っているのは単行本版の1巻である。沢木が香港の廟街を訪れたときのあの描写、旅の醍醐味の全てが凝縮されている。あれほどに熱気と興奮を伝える文章にはなかなか出会えない。人の賑わいが作る見渡す限りの熱気と喧騒。「体の芯まで熱くなる」感覚を味わいたくて、この街を見るまでは死ねないな、と思っている。僕には8歳年上の従兄弟がおり、彼はいくつもの旅行代理店業界を渡り歩き自身もアジアの観光地はほぼ制覇している旅行フリークだ。少し前にベトナム料理屋でこのシリーズについて議論した結果、やっぱり1巻が最高、と意見が一致した。

1巻を読んで一番感銘を受けたのはなんといっても廟街のシーンなんだけれど、もう一つは沢木が心の底から自由を実感する、旅に出て間もない香港の朝の場面だ。

周囲に誰も自分のことを知る者がおらず、何かしなくてはならない予定など何もない。怖いほどの自由に身震いする。こんな体験をしてみたい。

僕も何度か海外旅行に出たことはあるけれど、あくまで「旅行」であり、放浪とは程遠い。どこに何泊、ときっちり予定を組み、それに縛られているただのミーハーな観光である。時間も仕事も家族も気にせず、するのはお金の心配程度、期限も行き先も決めてない、そんな旅に出てみたい。…いや、多分一週間程度で根を上げて帰ってくると思う。自由すぎる怖さに精神をやられてしまう。


この旅行記が新聞連載を経て本として出版されたのが1986年。旅行を終え、帰国してから10年以上経ってからここまで詳細な風景や会話まで記録された文章を書けるなんて、沢木氏は映像記憶でもできるのだろうか。沢木耕太郎の著書「246」には深夜特急第一便の出版について書かれている。流石本職がライターなだけあって道中で多くのメモを取っていたようだし、旅先から手紙もかなり送っていたようだ。1986年には『深夜特急』の「第一便」と「第二便」が出版されるが、最初に連載していた新聞には1年間の期限があったため、イランのイスファハンで一区切りしたためそこまでの文章をまとめたものらしい。

タイトルを決めるにあたり、トルコの刑務所の受刑者の隠語「ミッドナイト・エクスプレス」=「脱獄」を採用した話も載っているが、直訳すれば「深夜急行」であることを気にしている。

 

 

ようやく本題。シリーズ最高傑作である『深夜特急』第1巻、香港・マカオ編のあとがきに「出発の年齢」という対談が収録されている。話者は沢木耕太郎と『香港世界』を書いた山口文憲。ここで沢木は「旅に出るには26歳が最も適している」という持論を展開する。

本編第2巻でも、乗り合いタクシーに揺られシンガポールに辿り着いた沢木がベッドに横になりながら、初めて身の上話というか出発前夜の自身の回想をするのだが、ここではフリーライター時代に出会った「最も鮮烈な個性を持った人」に「旅に出るなら26歳だ」と言われた、とある。そして第3巻のあとがきでようやく、それが黒田征太郎というイラストレーターの言葉だったとわかる。最も、26歳に黒田氏がアメリカに渡った、というだけの何の根拠もない話である。

沢木と山口は同じ年の生まれで、二人とも26歳で旅に出ている。二人にも26では少し遅い、と認識しているようだけれど、山口文憲は26という年齢を「最後の自由のぎりぎりのいい見当」と語っている。沢木も「世間知とか判断力がついていて、いろいろなことに対するリアクションができる」年齢だと。確かに世間に無知な18歳がユーラシア大陸縦断しても、日本の社会との比較とか出来ないだろうし、単純にひとりで危険もある国を渡り歩くことなんてよっぽどじゃないと無理だろう。中東あたりでテロリストに拘束されそう。

対談では後半「ハワイはいいよね」みたいな話になり、最後に二人で26が旅に出る適齢期、と年齢の話題に回帰してオチにしている。

しかしこういった「根拠はないが、こうだ」と力強く言うだけで、実際に行動を起こした人たちの言葉であるがゆえなんだか説得力がある。26歳。先日25歳になってしまった自分にはもう来年。一度仕事に就いてしまった自分にはドロップアウトしてバックパッカーになる勇気はないけれど、ニュージーランド旅行中にしょっちゅう見かけた旅人たちは20代から50くらいの人まで様々だった。海外では高校を卒業してから暫く放浪して、大学に入り直し社会に出る人、ふと思い立って30くらいで仕事を辞め、放浪に出ちゃう人、などはいくらでもいるようだ。


最近、身近な26歳が海外で一年暮らしてみる、と言ってビザの手続きなどを進めてるのを見ながら、自分はこの先この地方都市で一生を終えるのか、となんとも言えない感情を抱えている。仕事、家族、世間体、結婚など面倒くさい問題はいくらでもあるけれど、それはあくまで「行かない理由」として一括りにして無視できるものだと思う。度胸さえあれば。その度胸が無いのと、特に手に職がある訳でもないので行かないのだけれど。

放浪の旅に出るとまでは言わないけれど、26歳を目前にして、少し生き方を変えてみようかなと思い始めている。

物語の導入

 

ネトフリで久々に「マトリックス」を観た。1作目。当時は映像の凄さやアクションシーン、特に例の時間が圧縮されて弾丸避けるやつが話題になったと記憶してたけれど、改めて観た感想は「導入が良すぎる…」だった。完璧だと思う。

 

冒頭のトリニティー国税局に侵入するシーンについては割愛。

男が自宅で寝ていると、自分のPCの画面に突然何者からかのメッセージが表示される。

「起きて、ネオ。

   マトリックスが見ている

    白ウサギの後を追え」

悪そうな連中がドアを叩き、取引をする。ネオと呼ばれた男がフロッピーを渡し、ディスコへ誘われるのを断りかけたところで、女の肩に”白ウサギ”のタトゥーを見つけ、行くと返事をする。    

そしてディスコで何故か名前や男の裏の仕事を知っているトリニティーに会い、先ほどのメッセージの主と気づく。そして耳元で「彼を捜してるのね」「私も昔、彼を探してたの」「彼は言ったわ”君が探しているのは俺ではなく『答え』だ”」と言われる。

 

この時点で男はマトリックスというワードを知っているし、次のシーンで突然届いた電話の声の主がモーフィアスだということも何故か知っている。つまりここでは語られていない、物語が始まる以前に描かれていない組織からの接触がすでにあったことがわかる。ここからストーリーは流れるように進んで行き、突然現れるエージェントからの逃亡と捕捉そして脅し、臍に謎の生物を挿入されたと思いきやベッドの上、夢かと思いきや電話で再び呼び出され謎の生物の除去とモーフィアス本人との遭遇、カプセルを飲んで本物の”現実世界”への転送、と怒涛の展開である。

怒涛の展開、と言っても男がカプセルを飲むシーンまでちょうど30分ほどある。ソファーのある部屋でのモーフィアスとの会話が5分ほどなので、映画開始から25分でとあるサラリーマンがよくわからない組織と合流し異世界へ向かう選択をするのだ。この短時間に一切の無駄なく、観ている側にもある程度理解できる選択の動機と「マトリックスとは何か」という謎を示している。まあもちろんこれは映画であり、ここでキアヌリーブスが「やっぱ冴えなくても普通の日常がいいので青いカプセル飲んで帰ります」とか言って何も始まらなかったらずっこけるけど。

オープニング時点では男は「起きてもまだ夢を見ているような感覚」に襲われており、この現実にどこか違和感を感じている。そこに「”答え”が知りたいか」という問いかけ、日常に突如現れる敵、違和感の答えを与えるというモーフィアスから示される選択肢、そしてトリガーとなるのが「2つのカプセルのうちどちらかを選ぶ」という儀式…一連の流れが異世界への誘いとして見事すぎると思う。

 

異世界の存在とその入り口が示されたとき、主人公が子供だったら、単なる好奇心から扉を開けばいいだけの話だ。もしくは事故で本人に自覚のないまま、訳もわからず転送された、という設定もよくある。しかしこの映画の主人公は平凡なサラリーマンである(ハッカーという裏の顔を持つが)。いま主人公が生活している世界は仮想現実の偽物”マトリックス”で、本物の現実世界では他にある」ことが提示されたとき、普通だったらもちろんこの世界観を受け入れられないだろう。同じ顔の黒服の男たちであるエージェントの出現という非日常と、トリニティーたちの示唆に富んだセリフでぐいぐいと引き込んで行く感じが本当に凄い。ここで重要に思えるのが"主人公が平凡なサラリーマンである"ということ(キアヌリーブスが演じているせいで格好良すぎる問題は置いておいて)。誰もがクソみたいなに日常に疲れ果てている今の時勢に(映画公開から20年近く経っているが)サイバーパンクな"現実"世界が別に広がっているとしたら?これはもう、赤いカプセルを飲むしかない...。誰もが救世主になりたい。

 

冒頭のキーワードに"白ウサギ"があるが、ソファーの部屋でモーフィアスが「今の君は"不思議の国のアリス"の気分だろう 妙な世界に入り込んだ?」という台詞があり、設定からやはりファンタジーであることを意識した作りになってるのかなと思う。転生シーンで何度か穴に落ちるし。

 あと"黒服の男たち"がやって来て連れ去られる、という設定もよくあるストーリーだが、この映画が面白いのが悪役であるエージェント・スミスが全く同じ顔の黒服たち、なのは納得できるとして、同士であるモーフィアスたちも黒服(やたらスタイリッシュな革ジャンに黒いコート)で、二者がどちらも黒服、という点だ。普通の世界で暮らしていた転生前の主人公からすれば、どちらも異世界の人間であることに変わりはないのでこれを暗示しているのでしょうか。ただの深読みで本当は単純に「黒服には銃が映えるから」という理由だったら笑う。

他にも、モーフィアスたちは主人公をハッカー時代の名前「ネオ」と呼ぶが、エージェント・スミスは必ず「アンダーソン君」と呼ぶ点が気になっていたが、地下鉄での戦闘シーンで「俺の名前は...ネオだ」と言って打ち勝つシーンで「過去を捨て、救世主となる自覚を得た」意味なのかなと受け取った。導入以外にもこの映画には考察し甲斐のありそうな部分がたくさんある。

 

トラックに轢かれたりビルから飛び降りたりともすれば寝て起きただけで異世界に転生しちゃうような、ある意味雑なファンタジーの導入が氾濫する今の時代、20年も前の映画に完璧な導入があったことを思い出せて良かった。

 

小旅行の夜

フロントのおじさんに鍵を渡し、外に出る。雨が降っていたので、フロントに戻り「傘って借りれますか?」と聞くと、少々お待ちください、と言われたので壁に貼られた地図を眺めながら待つと傘を持ってきてくれた。「他のお客様が使われたので少し少々濡れておりますが…」「全然大丈夫です、ありがとうございます」受け取った傘は触ると確かに濡れていたが、どうせこれからまた濡らすし。『濡れない傘はない』というフレーズを思いつきながら外に出る。街灯に翳して時計を見ると19時半。とりあえずあてもなく歩いてみる。左手に駅があるのは来るときに見えたので、そちらへ歩くと1分も経たずに高岡駅前に出た。左手に食事ができそうな店があったがチェーン店感があったので候補に入れず、ビジネスホテルの前まで戻り駅から離れる道を歩いてみる。一軒居酒屋があったが宴会向けのでかい店舗だったのでこれも通り過ぎる。コンビニに入りGoogleマップを見ると、繁華街は駅の反対側にあるらしい。外出る前に調べるんだったな、まあこれも一興、と思いつつ最寄りの居酒屋を探し、そこに決めて向かう。着くとこじんまりした個人経営の居酒屋、という感じなので思い切って入る。雨も降ってるし。


一人です、というとカウンターに通される。メニューを見ると普通の居酒屋の価格で安心する。おしぼりを渡された時に生お願いします、と言ったが店員さんに聞こえなかったらしく行ってしまった。恥ずかし、と思いながらメニューを眺め、揚げ物食べたいな、たこ唐揚げだな、と思い別の店員さんに注文する。しばらくテレビを眺めながらビールを飲む。せっかく富山に来たんだし魚を食べるか、でも昼間一応寿司食べたしなあ、と思ってるうちに隣に客が来たのでひとつ席を詰める。見渡せば狭い店内はカウンターしか空いていないほど混んでいた。入ってくるときは混んでる感じなかったのに。入ってきた男女はどちらもレモンサワーを頼んで、お互いの携帯を見せ合いながら仲睦まじく盛り上がっている。左手はこの時間でもうベロベロのおじさん二人、右手はカップル、囲まれたな、と思いながらアイコスの電源を付ける。ひとり飲みの人がいたら話しかけようと思ったのに。まあ仕方ないかとiPhoneをつつく。聴こえてくる会話のイントネーションがかなり関西寄りで、西に来たなと感じる。ここへくる途中立ち寄った糸魚川の展示館的なところでこの地点が東西の文化の境目である、と書かれていたが、言語では少し実感した。あたしの彼氏、出身が新潟なんだけど、と右の男女の女性の方が言うのが聞こえて、いやあんたらカップルじゃなかったのかよ…と思う。男の方が彼女の愚痴を話し出す。それぞれ彼氏彼女がいてそれでもサシ飲みできる親しい友達か、素敵じゃないか、wouldn't it be nice、と連想しながら芋焼酎に切り替える。さっきからマスターと呼ばれてるおじさんが目の前で作業してるのでおすすめのお刺身でも聞こうとしたら奥に行ってしまう。どうも店員さんと間が悪いな、と思いながら携帯をつつく。時間がないときに見つけ、リーディングリストに登録していた読み物を片っ端から読む作業。当たりもあればつまらないものもある。「孫悟空とは何者だったのか」「vaporwaveとその観察者的効果」あとは新作映画のレビューや「ハン・ソロ」のあるシーンにBACK TO THE FUTUREへのオマージュがあった、という話題などなど。なかなか読み応えがあって、少し酔いも周りいい気分になってくる。これまで触れてきた映画や小説でも気付かず見過ごしてきたオマージュが沢山あっただろうけど、それで作品の魅力が損なわれるわけではないし。でも知ってたほうが面白いしなあ、玄人ぶる人たちはそういった小ネタや舞台裏の話を語ることですぐ通ぶるんだから…でもそれはそれで楽しいしなあ、最近思うこととして、最高の創作物に触れたら余計な御託を垂れずただ「最高!」っていう感想、それだけでいいのでは?ディテールを語るのはある意味野暮な行為では、などと考える。でも語りたいものは語りたい、飲み会であるシーンを同じように捉えた人を見つけてブチ上がりたい…会話の中でそれを全て伝え合うのは難しい、やっぱり文章に書き出して、残る形にすることが一番いい手段か、でも会話の形態でしか出てこない言葉もある訳で…などとぐるぐる考えてるうちに2時間以上経っていた。お会計をして、意外と高く付いてうむ…と思う。レジの店員さん可愛かったなあと思いながらコンビニで話題のチューハイとつまみを買い、ホテルに帰り、傘を返し、シャワーを浴び、テレビをBGM代わりにして文章を打って今に至る。

禁断の多数決に首ったけ

 


禁断の多数決「トゥナイト、トゥナイト」
輝くネオン、打ち上がる花火、アンニュイな感じの女の子、謎のコンテンポラリーダンス、怪しさと華やかさ、危険な香りと劇薬のような刺激、ミステリアスでエロティック、ロマンチックでどこかグロテスク、めちゃくちゃに見えて計算されつくした絶妙なバランス、ミニマルさと壮大さ、果てしない遊び心。どこまでも無邪気でかつ幻想的な世界観。語り尽くせないほどの魅力が詰まっている。

あらゆる創作物をごちゃ混ぜにして、それをこんなに美しい表現として映像に落とし込むセンス。なんなんだろうこの人たちは。


初めてこのPVを観たときには、全く脈絡のない画のカオスな連続が脳内で処理できないという若干の拒絶感を感じ、しかし同時に矛盾するようだけれど「全ての画が強い、そして美しい」という魅力に惹きつけられて、気がついたら狂ったように繰り返し観ていた。どうやって思い付いて、どうして撮ってしまったんだ、というナンセンスとも言えるシーンの応酬。全てがやたらと色っぽい。カットが加速する終盤から笑顔に収束するラストまでの流れが最高。あと登場する女の子がみんな可愛い。

そして自分の記憶にどこか引っかかるものを感じて思い出したのが、小さい頃に観た深夜番組だ。夜中に目が覚めた時、ふと横を見ると親の肩越しにテレビが見える。画面に映っているのはキラキラした女の人ばかりで、時々出るデカい文字や(まだテロップを知らなかった)派手な音楽から、なんとなくあやしい雰囲気を感じ取った。内容は全然わからないけれど、自分の知らない世界を覗いてしまったという畏れと少しの興奮。大人たちがこんな夜中にわざわざ起きてまで見るなんて(そして子供にはもう寝なさい、と言って絶対見せてくれないなんて)さぞかし面白いものが放送されてるんだろうな、と思い込んでいた。あの頃のおぼろげな記憶の中にある「大人たちの好きな怪しい世界」と「サブカルチャー的な何か」という謎に包まれていた概念が、ついに形となっていきなり目の前に現れた、という受け取り方をした。

 


tonight, tonight R18+vanilla night - kindan no tasuketsu

ちなみにこのPVにはR18版と銘打った別バージョンがある。割と怖い。兎丸愛美が美しい…。殆ど同じ映像の編集でここまで不気味になるものか。


この「トゥナイト、トゥナイト」が2013年。YouTubevimeoにはPVの他、ゆるいアルバム紹介や全く訳の分からない映像まで合計50本以上が上がっている。その全てが独特の雰囲気を持った凄い完成度の作品で、本当に面白い。中心人物であるほうのき氏が監督を務めることが多いが、グループ外の人が撮ったものやイラストレーターでもある大島智子の作品もある。

あらゆるアイデアをぶち込んで、こんなにぶっ飛んだ傑作を生み出してしまうほうのきかずなりという人間はどんな人なんだろう。創作の根源みたいなものはどこにあるのか。曲や映像のはどこから着想を得ているのか、どんな人生を送ったらこんなものが作れるのか。一時期ネットに上がっているインタビュー記事を片っ端から追って読んだ。ツイッターやインスタをフォローしているけど、かなりの映画フリークらしい。確かに知識のない自分にもこれはあの映画へのオマージュかな、とか、あの作品の雰囲気が出てるな、とか連想できる映像がいくつかある。一度飲んで話してみたい。


禁断の多数決は目まぐるしくメンバーが入れ替わるグループで、最近wikiが更新され(多分スタッフの手で)、何年に誰が参加したかがやっと判明した。現在第4期が始まっているらしい。アルバム1枚取っても曲ごとにボーカルが変わるし、曲調もバリエーションがありすぎて明確なジャンル分けなどとてもできない。しかも1枚20曲とか入っている。おそらくライブより飲み会が多いゆるい活動スタンス、毎回やたらとコンセプトが強いイベント、ツインピークス的世界観、ほうのき氏が撮る映像や映画、ZINEに載っているシノザキサトシ氏の独特の音楽レビュー(たまらなく好きな文章だ)、そして新倉のあガチ恋オタクな自分としてはブラジルの癖の強い可愛さなどあまりにも色々な面から語りたいグループなんだけれど、ここでは映像に、それもほうのき氏の作品にフォーカスして書く。

 


禁断の多数決 - さようならマイワールド

禁断の作品の中でも一番好きなのがこれ。初期のアルバム「禁断の予告編」に収録されている。遊ぶ子供たち、夕暮れの海岸、一面の雪原を歩く女の子、闇に浮かぶモノレール。特別な撮影方法が使われているわけでもなく、遠景とぼかしだけでこんなに美しい映像に仕上がるものなんだろうか…。いつも感心しながら見ている。ほうのき氏は富山在住とのことで、スケートリンクの場面などは富山のスケート場のものっぽい。禁断の映像によく登場する風景は「こんな画がほしい」と思ってロケに行くわけではなく、彼がどこか行ったときに「これ使えるな」と思ったものをその場で撮ったりしている気がする。インスタでガソリンスタンドの絵を気に入って撮影させてもらったとか言ってたし。メンバーが登場する映像は彼が上京した時に撮っているらしい。照明と影がクリーンな質感で、とにかく美しい映像。

 


禁断の多数決 - Great World of Sound

最高のアルバム導入曲。禁断のPVには時々、何故か元ふぇのたすのみこが出演している。恍惚とした女性の表情がエッチすぎる。初期のやたら森に行ってなんかやってる変な人たち、というあの感じが見事にぶち込まれている。禁断の活動にはお化け屋敷の開催や近所の子供たちとのペイント遊びなどがあったが、ハロウィンに仮装行列行進をやってみたり、EPのタイトルにクリスマスやお正月を入れちゃう、などイベント行事が好きらしい。「Santa Claus Is Coming Back」「Merry Christmas Mr.Walken」などやたらクリスマス推しなのが良い。

 


禁断の多数決 - The Beach (Original Ver)

映像もボーカルも、輪郭がおぼろげで重なり合う感じが良い。「午後の冒険者」でも主演してるけれど、当時高校生であったはずの阿部はりか、佇まいとか表情とか惹きつけられる。初期の中心だった尾苗愛&ローラーガールが脱退し、その後メンバーが入れ替わった2014年に「エンタテイメント」EPが出て新生禁断が始まる、というタイミングで脱退してしまったので当時は結構悲しんだ。2015年に出るはずだった新譜が吹っ飛んだのはなんだったのか。阿部はりかはその後は演劇の表現に向かっていったけど、今年公開の監督映画「暁闇」をめちゃめちゃ楽しみにしている。

初期の代表曲。サビが完全にペットショップボーイズ「Home and Dry」だと指摘されていたが確かに完全にそれ。阿部はりかとお馴染みの人形たちの行進のシーンで、いつもフレーミングリップスの「Do you realize??」のPVを連想する。ほうのき氏の謎のダンステクはなんなんだろう本当に最高。曲としても名曲。中盤の間奏のベースラインがシンプルに好き。「アニバーサリー」や「ココアムステルダム」などベースがめちゃめちゃ良い曲が時々あるけど誰が弾いてるんだろう。

 


禁断の多数決 - In The Mouth A Desert (Pavement cover)

Pavementの名曲カバー。なんとなく青春、って感じがする。セピア色のフィルム越しの尾苗愛が美しい。気怠いボーカルも良い。時々観ては何故か泣きたくなる。

 

貼った動画を見返したら2013年頃のものばかりになってしまった。最近の活動も面白く見てるんだけど。この半年は第3期を総括するようなライブをやっていたようで、「真夏のボーイフレンド」を数年ぶりに披露したらしい。観たかった。ちなみに曲で一番好きなのは加奈子ボーカル曲の「Blue」。ブラジル作詞のシューゲイザーソング「チェリーフォールズ」(ほうのき監督作品ではないが)や、作曲陣が手がけているJC+The Mechanicsの「Night Breeze」など、シューゲ要素のある映像もすごく良い。あと割と最近の映像はVaporwave風味で良さがある。もともと活動初期はコラージュ画をHPに多く上げていたりしたし、そういった方面に接近するのも納得。第4期の新曲がもうすぐリリースされるらしいのでずっと楽しみにしてる。また初期のぶっ飛んだあの感じ、訳がわからないけどなんか面白そうなことしてる集団、って感じの表現をやって欲しい。

  

Silver Scooter 「Pumpkin Eyes」


Silver Scooter - Pumpkin Eyes

When you walk away
Take my hand to stay
Think of what you've been dying to, been dying to, been dying to say
Pumpkin eyes you are a dream
Look away from everything
Seems like what you wanted, isn't what you wanted anyway

Later on, we're on the porch
Saying horror stories of ghosts

Think of what you've wanted
Been dying to say, dying to say

Pumpkins eyes, were on the swing
Look away from everything
Seems like what you've wanted
Fell on over me


Pumpkin eyes you are a dream
Pumpkin eyes you are a dream
Pumpkin eyes you are a dream
(Seems like what you've wanted, isn't what you wanted anyway)
Pumpkin eyes you are a dream
Keep away from everything
(Pumpkin eyes you are a dream)
Seems like what you've wanted, isn't what you wanted anyway

Pumpkin eyes
Pumpkin eyes
Pumpkin eyes
Seems like what you've wanted, isn't what you wanted anyway
(Pumpkin eyes)
Pumpkin eyes

Seems like what you've wanted
Fell on over me

 

(和訳)

君が歩き去っていくなら

僕の手を取って連れて行ってくれ

ずっと言いたくてたまらなかったことを想像してくれ

橙色の目をした君は夢

一切から目を逸らしてくれ

君が望んだものは、どうしても君が欲したものじゃないように思える

後で一緒にベランダでホラー映画の話をしよう

ずっと言いたくてたまらなかったことを想像してくれ

揺らいでいる橙色の目よ、

一切から目を逸らしてくれ

本当はその視線を僕に注ぎたかったんじゃないのかい

 

橙色の目をした君は夢

橙色の目をした君は夢

橙色の目をした君は夢

君が望んだものは、どうしても君が欲したものじゃないように思える

橙色の目をした君は夢

一切から目を背けてくれ

君が望んだものは、どうしても君が欲したものじゃないように思える

橙色の目よ

橙色の目よ

橙色の目よ

君が望んだものは、どうしても君が欲したものじゃないように思える

橙色の目よ

本当はその視線を僕に注ぎたかったんじゃないのかい

 

国道8号線を巡る冒険

国道8号線は、新潟県新潟市から京都府京都市へと続く国道である。一般国道の長さとしては日本第6位の距離であり、そのルートの起源は古くは北国街道にまで遡ることができる。北国街道といえば、とある地方大学の文系学生が「北陸新幹線のルート選定に関する歴史的経緯」という卒業論文を書いた際に大きく取り上げ、院生であるゼミの先輩に添削を依頼したところ「(近現代史ゼミが主にテーマとして扱ってきた明治〜昭和初期の政治史と)あんま関係なくない?」と突っ込まれ、それを無視して3万字あまりを書き上げた、というエピソードがある。論文としてはまあまあ面白いし割と良い出来だと思うんだけど。

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(地図:wikipedia国道8号線」のページより引用)

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/国道8号

新潟県民にとって「8号線」は生活に深く根付いている。新潟市民からすれば「新潟バイパス」のイメージが強いだろう。「白根を通って燕のほうに抜けるあの道」くらい認識の人もいるかもしれない。長岡市民にとっても市街地から新潟方面へ移動する際は必ず通る道である。十日町方面の人間には同じく国道の「253号線」の方が馴染み深いかもしれない。上越の人間は大抵上越JCから高速道路に入るためあまりイメージがないかもしれないが、下道で新潟市へ出ようとすれば1度は経由する。とにかく面積のでかい県を南北に縦断する、主要な幹線道路として機能してきた。

 

最近車も手に入れて、自分の中でロングドライブの機運が高まっていたため、8号線を使って新潟県を縦断してみることにした。特に目的や意味はない。上越-長岡-新潟という上中下越の中心となる街を通過し、その間のパチンコ店と中古車屋ばかりの車窓を観察して、これぞ地方都市の幹線道路だ、という雰囲気を味わうのはなかなかに良かった。

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夜20時半に上越高田を出発。少し雨が降っている。

バイパス(国道18号線、南へ進むと長野市へ続く)で直江津方面へ出て、すぐに8号線に乗ることが出来た。ここから道沿いにひたすら北へ進む。

郊外へ出るとすぐに片側2車線が1車線に減少する。大きな交差点前では2,3車線に増えるが、またすぐに1車線。時々工事中の表示の先で交互通行になったりするが、夜も遅くなると大抵解除されていた。闇に半分溶けて立って警棒を回している人形が、なかなか不気味で良い。

柏崎方面へ順調に進み、しばらく海沿いを走る。柏崎刈羽原発の灯りが遠くに見える。湾曲した海岸線のため海越しに見えるので、さながら漁船の篝火のようである。そういえば夜景としては優秀なのに、夜の工業地帯みたいな夜の原発の写真はあまり見ないなと考えながら運転する。崖と海の狭間のカーブが多い道。土日はバイク乗りたちが多く走っている。

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8号線ファンにとって重要なスポット、8号線と116号線が分かれる分岐点。116号線はここが始点である。角度的に一つの三叉路にはならなかったようだ。面白い。

ここより海から離れ、方角的には北東の、内陸の長岡市街地方面へ進む。

8号線で北へ向かうと、途中数回も北陸自動車道と交差・接近する場所があり、「下道疲れたから高速乗っちゃおうぜ」と言わんばかりにインターチェンジを示す緑の看板が登場する。長岡ICや中之島見附ICは特に乗りやすい位置にあるので誘惑が強い…が、なんとか最後まで下道で行った。

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長岡あたりではこの道が新潟と高崎へ続くような標識を多く見かける。高崎へ行こうとすると17号線そして117号線を経る必要がある。長岡の郊外へ出ると、高架のバイパスになる8号線と17号線に分かれる分岐があった。このあたりの沿線には飲食店や薬局、コンビニなどが数多くあり結構賑やかだ。

見附を通過し、三条あたりに到達したところで一旦8号線から離脱し、真っ暗な農道を走って116号線へ乗り換える。この時点で23時くらい。知る人ぞ知る最高にディープな自販機がある店に行くためだ。

 

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「公楽園」。前から行きたくてしょうがなかった場所だ。深夜のためお化け屋敷感がすごいが外観は実際そんな感じである。1階がゲームコーナー、2階が宿泊所になっている店。

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トーストサンドの自販機…初めて見るしここ以外で見ることは無いのでは、と思う。いや、供給してる業者がいるということは他もまだあるのかもしれない。いくつか壊れているものもあったが品数はなかなかに充実している。トーストを試して見たかったが長岡で食べたラーメンで満たされていたため断念。

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ゲームにあまり興味がないので他は覗いた程度だけど、なんとなく昭和な光景が良かった。おじさんたちが煙草を吸いながら没頭している。

この後は8号線に戻るのが面倒だったのでそのまま116号線で北上する。沿線のラブホテルを数えつつ、全てローソンになってしまったセーブオンに思いを馳せる。日付が変わった頃、ようやく巻・岩室を経て新潟市へ到着した。休憩しつつのんびり運転して3時間半ほど。長旅だった。

 

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翌日に古町の本町交差点へ行き、国道8号線の始点を確認した。新潟市中央区本町通七番町1054番2。7号、8号、116号、113号、17号、289号、402号、350号という一般国道8路線の起終点となっている地点。日本最大らしい。田中角栄万歳。

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/本町交差点_(新潟県)

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すぐ隣には道路元標があった。

 

角栄といえば、国道350号線という新潟市佐渡市上越市を結ぶ、海上の航路も含む珍しい国道がある。これを発案し建設省に作らせたのは角栄らしい。1975年国道認定。

陸上を通る日本最長の国道は東京-青森を結ぶ国道4号線だが、海上区間を含むと鹿児島-沖縄を結ぶ国道58号線(884.4 km)である。これは国道350号を真似たのか?と調べたらそうでもなく、58号線の認定の方が早かった。アメリカ占領時「Highway No.1」と呼ばれた道路が起源らしい。この辺りの歴史を調べるのも面白い。調べていると行きたくなってしまうんだけれど。