状況が裂いた部屋

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『ドキュメント72時間』私的傑作選

 

NHKの『ドキュメント72時間』にはまり、最近毎日2本ずつ見ている。本当に面白い。AmazonプライムNHKオンデマンドに加入して、2ヶ月ほどかけて50本以上観た。アマプラで視聴可能な回は250本ほどあるので全制覇はまだ遠いが、特に面白かった回の個人的ランキング。

 

1位 ep.141「阿蘇・ライダーたちの夏 10年に一度の撮影会」

2位 ep.77「ゲストハウス 1泊3千円のオアシス」

3位 ep.10「オン・ザ・ロード 国道16号の"幸福論"」

4位 ep.54「香港 チョンキンマンションへようこそ」

5位 ep.32「長崎 お盆はド派手に花火屋で」

 

 

●ep.141「阿蘇・ライダーたちの夏 10年に一度の撮影会」

10年に一度、熊本の阿蘇にあるドライブインに、全国からバイク乗りが集まるイベントを取材した回。なんてすごいイベントなんだろうか。実はこの回を観たいがために、NHKオンデマンドに登録した。

ひとりの人間の人生の中で10年間は大きい。前回一人でやってきた青年が、今回は結婚して子供が産まれ、3人で写真に収まっていたりする。

30年前から参加しているおじさんは、ずっと同じバイク、毎回同じジャケットで参加している。1979年の第一回から皆勤賞で参加しているというおじいちゃんもいた。

10年前の前回にたった一回だけこの場で会った、列の前後に並んで知り合った二人の男性が、10年ぶりに再会している感動的なシーンもあった。このシチュエーションがあまりに良くて、書いている小説に少し使えないかな、と考えている。あまりにドラマチックだ。取材スタッフからの「どんな10年でした?」という問いに、参加者はみんな「あっという間でしたね」という。バイクで繋がっている人たちが、毎回同じ場所に集まって人生の中のほんの一瞬交わる。そんな場があることが羨ましい。

一番印象的だったのが、一昨年、大動脈解離で死にかけた46歳の方が言った「写真集ができれば、この時ここにいたって証拠になる。このときまだ生きてたって。そんな感じで参加してます」という台詞だ。

駐車場の出口から帰路に着くライダーたちを、スタッフたちは全力で手を振り送り出す。この取材は2019年のもので、次回は2029年とのこと。これからの10年で、みんなそれぞれの人生を生きて、また一瞬だけ集まって、そんなことを考えるとなんだか切なくなる。大きな人間のサイクルとか、生きることとか、そんなことに思いを馳せてしまい、敬虔な気持ちになった。何故か昔の『彼女が死んじゃった。』というドラマのことを思い出した。人の一生は短く、その中でも人と人が出会い、楽しい時間を共有する時間は本当に短いけれど、ある時にはそれが永遠になる。

 

 

●ep.32「長崎 お盆はド派手に花火屋で」

この風習は知らなかった。長崎では、家族が亡くなると初盆に爆竹と花火を大量に用意して、お墓や街中で鳴らしまくって派手に送り出すらしい。なんて楽しい葬式だろうか。長崎の花火屋に8月13日から16日まで密着する回。みんな数万円の爆竹を書い、箱ごと点火してとんでもない破裂音をさせている。40万円分の爆竹を買うイケオジが万札を見せながら「破裂して、消えてなくなるお金です」と言っていた。

番組後半、「佐田家」という巨大な看板を掲げた精霊船を取材していると、主がさだまさしの弟であることが判明する。母が90歳で亡くなり、その初盆らしい。その人が言った「長崎人は、亡くなった時とお盆で二回お別れできるんでね、幸せですよね」と語っていたのが良かった。

8月15日の午後5時から、長崎のそこらじゅうで爆竹が鳴りがじめる。精霊船が街を練り歩き、この1年で亡くなった人を送る。老人の写真を掲げた船が多いが、中には若い人もいる。とても小さな、犬の写真がついた船もあった。

この街の人間は自分が長崎人であることに強い誇りを持っているらしい。番組中「長崎人だから」「長崎の男と結婚したら最後はこうなる」「東京の人にはわからないだろう」と言った台詞を何度も聞く。

人が死んで、いなくなるということについて考えさせられた。あとこの回は仲里依紗のナレーションなのだが、自然ですごく良かった。アニメ版『時をかける少女』の女子高生役の声が好きだったけど、ナレーションの役割の声もとても良かった。柔らかくて、真面目なトーンでも朗らかな感じがする。

 

 

何故ドキュメンタリー鑑賞にハマったのか。1月頃に『ドキュメント』というタイトルで掌編小説を書いた。いかれた小説家に密着取材する男の話なんだけれど、ストーリーを思いついたものの熱心にドキュメンタリーを観たことがないため描写出来なかった。唯一ちゃんと観たことがあるのが『プロフェッショナル』の庵野秀明の回、というひどい状態だったため、これを機にちゃんと観るか…とオンデマンドに加入した。観て正解だったと思う。『ドキュメント72時間』は人ではなく場所にフォーカスするので、登場するのは一般の人々だ。伝記が出たり、wikipediaのページが作られたりすることはない、普通の人々の話。それがなんとも心地良かった。

2022年に自分が読んだ本の中のベスト、髙村薫の『レディ・ジョーカー』が面白く、読んでる最中に絶対元ネタがあるんだろうな、と感じた(グリコ・森永事件だった)。他にも『果てしなき渇き』を読んだときも「きっとあの事件から着想してるな」とか気づくことがあり、事実を下敷きにしたノンフィクションの説得力について考えていた。ゴールデンカムイとか、キングダムとか、大河ドラマなんか全部そうだけれど、史実にある程度沿っていて、それぞれの歴史上の出来事で「あったかもしれない」事件を描くことの面白さや説得力に惹かれる。創作みたいなドラマチックな現実はそこらじゅうにある。ドキュメンタリーを観まくることで、そういったネタを蓄積したい。

あと、単純に世の中には本当に様々な人間がいて、全ての人間が事情を抱えて生きている、ことを知れたのは、どんな物語であっても「もしかしたら起こり得るかもしれない」と自信を持って書き切ることに繋がる。どんな物語も嘘とは言い切れない。事情は複雑なのだ。

1本あたり30分の尺で、1回ごとの撮影スタッフも少数のようなので、制作陣も割と自由に作っている感じが良い。Twitter上で有名な「レンタルなんもしない人」の回とかあるけれど、きっと職員が「あの人に密着したい」って思いついたアイデアが通っただけな気がする。そういう個人の関心から、一人の人生の3日間の出来事が記録されるのだから面白い。NHKのドキュメンタリーは本当に質が高い。取材対象も撮り方も、流石だよなと毎回思う。『ファミリーヒストリー』も本当に面白い。ドキュメンタリーよりバラエティーに落とし込んでいるが『ねほりん ぱほりん』も気に入ってからよく観る。あとは「新 プロジェクトX」がとても楽しみだ。