状況が裂いた部屋

旅行と読書と生活

短編集『ランドリー』あとがき

f:id:ngcmw93:20260616073621j:image今の家に引っ越す前に、職場からほど近い位置にあるメゾネットの部屋に住んでいた。新幹線の高架の間近に位置するため騒音はあったが、通勤や買い物に便利な立地で、日当たりはよく、駐車場付で家賃も安めだったので、結構気に入った部屋だった。
自分は2階に自室を持っていたが、デスクがないため文章を書くのに難渋した。ベッドかソファーに寝そべってスマホで書いていたが、もっと真剣にガッツリ書きたい日が時々ある。近くにコメダ珈琲があったが毎週末行くほど足は向かない。そんな時、朝方に散歩をしていると徒歩2分くらいの位置に無人のコインランドリーがあるのに気がついた。存在自体は前から知っていたが、中に小さなカウンターがあるのを発見した。目の前は駐車場で静かだし、陽の入り方もちょうどいい。綺麗な割に利用者は少ない。それに朝5時から開いている。書くのに適した環境だ。

自分は毎朝5:45に起きる習慣があり、いつも朝食をつくる6:30までの時間を散歩かジョギングか読書に使っていた。そのコインランドリーを見つけてからは、平日週3日くらいのペースでランドリーへ通い、30分程度の書き物をすることにした。洗濯をしないのにただ乗りするのは気が引けるので、たまにスニーカーを洗ったりしながら書いた。Macを持ち込むこともあったが、基本はスマホで書いた。それが形になったのが昨年作った2冊のZINEだ。朝に書き物をすると捗る。特に、家でも職場でもないひとりで過ごす居場所を見つけて、そこでの作業が習慣になったことはすごく良かった。

昨年末に引っ越しをして、もうそのランドリーに通うことはなくなってしまった。今の家の周辺で同じような場所を探したが見つからない。うまくはいなかいものだ。

あの朝のランドリーで、ひとりで文章を書いていた時間はなんとも穏やかで、とても充実していた。書ける日も書けない日もあったが、ランドリーに通うことが生活の中でよいリズムになっていた。毎日やるべきことがあって、目標に向かって前進している感覚があった。その新幹線高架下の部屋には10ヶ月くらいしか住まなかったので、その短さもあって特別に印象深い思い出だ。最後の青春の日々だった。

そんな時期のことを思い出しながら、『ランドリー』という短編集を書いている。目標は7月末の完成。無事に書けたら、この文章をあとがきに入れたい。

小説のあとがきの話

小説の作者あとがきが好きだ。他者がその作品について書く解説や書評ではなく、作者自身が作品を振り返って語る文章のことだ。作者にしか書けない情報が書いてあり、ここを読むと読後感が深まり余韻に浸れる気がする。時々、言い訳めいたことを書く作者もいる。ごく稀に、くぅ〜疲れました!みたいなテンションで書いてる人もいて笑ってしまう。でも小説を書き上げた時の達成感ってすごいのでその気持ちもわかる。自分は作品そのものの他に、作者の情報やその作品が作られた背景なども知りたいので、小説を読み終えたあとに作者のプロフィールを見たり、SNSまで探してつい見てしまう。作家って割と変人が多いため、そのせいで勝手に幻滅することもあるので、あまりお勧めできない。
あとがきが好きなのと同じ理由で、音楽作品のセルフライナーノートが好きだ。最近だとこれとか。昔、コピーバンドをやるためにスーパーカー『スリーアウトチェンジ』のバンドスコアを買ったらメンバーの曲解説とインタビューが載っており「俺たちは他人のコピーはほとんどやらなかった、音楽をやるなら自分たちでオリジナル曲を作った方がいい」と言っていた。学生の頃はそれがわからなかったが、今では自分もその通りだと思う。

【特に好きなあとがき4選】

・滝本竜彦『NHKへようこそ』

・飛浩隆『グラン・ヴァカンス』

・豊島ミホ『陽の子雨の子』

・佐藤正午『夏の情婦』

 

滝本竜彦『NHKへようこそ』

文庫版には単行本としてこの小説が世に出たときのあとがきと、その後文庫版発売時に書かれたあとがきの両方が収録されている。文庫版あとがきが好きだ。あまりに人間臭くて。3年経っても何も書けていない作者のどうしようもない状況がユーモアを交えて書いてある。

「まだまだ小説を頑張ります」と書いてから数年が経過した。私は頑張らなかった。まだ新しい小説を一冊も書いていないのが頑張っていない証拠だ。現在の私は本作の印税に寄生して暮らすニートに成り果てていた。

この笑える(笑えない)書き出しに始まり、その後苦しい状況についてぐだぐだ書いてあるのだが、最後は爽やかに終わっているのも良い。少し前に文フリで滝本先生本人から続編を買えたのは嬉しかった。

 

飛浩隆『グラン・ヴァカンス』

正確にはあとがきではなく「ノート」であり、作者による妻への献辞である。名文だと思う。飛先生は地方で働きながら創作を続ける全ての人間の希望だ。10年に1作くらいのペースでしか長編出ないけど。途方もない時間をかけてひとつの作品と向き合う執念。SFに何の興味もない一人の人間(妻)の存在が、2度も日本SF大賞を受賞した大作家を支え続けた事実と、その一人にこの長編が捧げられたことに泣ける。飛浩隆先生の奥様に感謝したい。
My Bloody Valentineが『Loveless』のレコーディングに2年以上(と莫大な費用)を費やした話とか、中村一義が『状況が裂いた部屋』に篭り数年かけて一人で『金字塔』を作り上げたエピソードが好きなんだけれど、膨大な時間と労力が形となった作品からは、なにか途轍もない執念を感じる。この『グラン・ヴァカンス』からは、というか筆者の小説からは全てこの執念を感じる。作品は内容だけで評価されるべきなのかもしれないが、自分は作品が生まれる背景を知るのが好きだ。 


豊島ミホ『陽の子雨の子』

初めて読んだのは大学4年、卒業旅行でニュージーランドへ行くために空港へ向かう新幹線の中だった。ほんわかした絵の表紙と、主人公は小学生の男の子という設定で穏やかな物語なのかと思っていたらとんでもなかった。どこか壊れた年上のお姉さんに家へ誘われた主人公は、手足を縛られて押し入れに押し込まれ、襖の隙間からズブズブの共依存状態の男女がセックスする様子を目撃させられる。突然の地獄。こんな目に遭ったら性癖を派手に歪められて人生狂わされると思う。これでも「初稿はもっと過激だった」という。人生に行き詰まりを見せているまだ若い男女と、純粋な小学生の主人公の奇妙な夏の物語だった。
あとがきでは、筆者が学生の頃に家出して、新潟まで辿り着いた話に触れている。水族館に行ったという。自費出版でもなんでもいいからどうしてもこの本を世に出したかったと言っていて、執念が感じられる。とてもいい文章だった。

 

佐藤正午『夏の情婦』

短いがとても良い文章。本編は1986年から1988年に書かれた短編が5編収録された短編集で、あとがきは文庫版が出た2017年に書かれている。タイトルは「三十年後のあとがき」。ひとりの人間が書く文章は日々変わるもので、今日書いた文章は、今日のみのもので明日は書けない、といったことが書かれている。そして、三十年前の自身の短編について、どれも「書かれるべきときに書かれた」と表現している。若い頃の作品について「今でも面白いと思っている」と自信を持って言っているのはかっこいい。本編の作品はどれも素晴らしかった。「恋人」という一編が特に気に入っている。姿子という強力なヒロインが登場する。男は皆、しなこのような女に人生をめちゃくちゃに壊されたいのかもしれない。ピロウズの曲の歌詞に出てきそうなヒロインだ。

SuiseiNoboAz『ubik』

 

ubik

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スイセイノボアズが2013年にリリースしたアルバムについて書く。

まず音がめちゃめちゃ良い。ギターの歪みが本当に気持ちいい。遠くから鳴る、奥行きを感じる轟音。ベースのフレーズがとても立体的で、曲中ずっと泳ぎまくっている。「adbird」「tokimekinishisu」のベースは特に素晴らしい。ドラムも無茶苦茶に上手い。加えて、石原氏のギターの音の広がりが本当に凄い。ミックスについてはさっぱり知識がないので何も言えないが、1stや2ndと比べても音が違うと感じる。遠くで鳴るギターが広大な空間を通って自分の耳に伝わるのがわかる。これが臨場感というやつか、なんて凄いんだ、と聴くたびに何度でも感動する。13曲、65分という時間全てに隙がなく美しい。曲として一番好きなのは「elephant you」だったりする。歌詞に歌われている新宿近くでぶっ倒れたまま朝を迎える話は実話らしい。タイトルにもあるようにSFっぽいモチーフが多い。もっと尖っていた1stや、名曲「64」が収録された石原正晴が「赤黒いイメージ」と言っていた2ndよりも、この青緑色の3枚目が自分は好きだ。

2013年に発売されたアルバムについて今更書いたのは、最近リリースされた、かつて自分が在籍していたアルバムの音源が、結果的に割と『ubik』に近い音像になったからだ。

all love begins and ends there - EP - girl said,のアルバム - Apple Musicall love begins and ends there - EP - girl said,のアルバム - Apple Music
自分はこの音源で一部のベースを弾いたのみで、アレンジやギター撮りには全く関与しておらず、時々メンバーから送られてくる仮ミックスに「いい感じやね」「かっこいい」「天才かよ」などのLINEを返すことしかしていない。なんならレコーディングが終わり、ミックスダウンの途中で脱退して迷惑をかけた。完全にギター陣が主役のバンドであり、95%ほどはこのバンドを主催するボーカルとギターのスタジオワークによるものだ。完成版のミックス音源が上がってきたとき、自分はその美しさに震え、デモとの音の違いに戸惑った。奥行きのある音像は、スタジオでの仮録音から劇的に変化しており全く別物だった。知らないうちにSEとかアコギの音とか入ってるし。ここまで化けるとは。そして「まるで傑作『ubik』みたいだ」と思った。ギターの歪みや空間を感じる音の処理の仕方が似ていたのだ。しかしミックスを担当したギターはボアズは特に聴いたことないと思う。全くの偶然に、自分のバンドの作品が好みに寄ってきたのだ。なんだかとても嬉しかった。

初めて『ubik』を聴いてから、ボアズは10年以上に渡って自分の中で特別なバンドだ。2013年のライジングサンで観たライブが最初だった。最後の「ubik」のアウトロ、途轍もない轟音が鳴る中、テープエコーを肩に担ぎマーシャルの上によじ登った血塗れの石原正晴がジャックをぶち抜いてそのライブは終わった。渋谷でLITEとボアズのツーマンも観た。自分が住む街にもライブで来てくれた。3人から4人、また3人へとメンバーは変わりつつ『liquid lainbow』『3020』『GHOST IN THE MACHINE DRUM』とアルバムは発売され、自分はずっと聴き続けている。でもやはり『ubik』が最高傑作だと思う。4月頃のよく晴れた日に、このアルバムを聴きながら散歩すると、どんな音楽にも代えられない多幸感がある。何度聴いても「音楽って良いものだな」と思う。これが自分の中では特別なアルバムで、あらゆる音楽で一番気持ちが良い音が鳴っている。

 

シドニー国際空港にて

f:id:ngcmw93:20260131190946j:imageオーストラリアへ出張し、無事に全行程を終えた日。自分はシドニー国際空港にいた。帰国便の搭乗まで時間があったので、空港を散策する。あまり買い物をする気分ではなかった。ぐるりと一周し、飲み物を買い、ベンチに座る。ポケットにイヤホンがあったので、なんとなく大森靖子を聴く。再生したのは大学生の頃に聴いていたアルバム『絶対少女』。なんだか、どの曲もすごく良い。こんな傑作だったのか。ひと仕事終えた自分がリラックスしているからなのか、空港の片隅のベンチで聴くのがそう感じさせるのかわからないが、なんて良い曲ばかりなんだ…と打ちのめされた。優しい曲も、鋭い曲も全部良い。生きることの切なさとか、煌めきとかが切実に歌われていた。あとアレンジがすごくうまい。「エンドレスダンス」のコーラスが凄い。工夫に満ちている。「ミッドナイト清純異性交友 」は大学時代に軽音サークルでカバーしたこともある。懐かしい。基本はバンドアレンジの曲が好きなのだが、最後の弾き語りの「I&YOU&I&YOU&I」がとても心に沁みた。聴き終えて少し呆然として余韻に浸る。空港の賑やかさが戻ってくるまでに時間がかかった。そしてふと気付く。アルバム一枚をこんなにじっくり通して聴くことが、ここ数年なかったのだ。最近の自分は、音楽を丁寧に聴くことからずいぶん遠ざかっていた。学生の頃はあんなに夢中で、バンドもやっていたというのに、自分の中で音楽は遠いものになってしまっていた。

おれは今、人で溢れる空港の片隅で、音楽に没頭していた。スマホを触ったり、他の作業の片手間ではなく、この47分間は、『絶対少女』を聴くためだけに使った。その結果、すごく心が満たされた。これは自分にとって大きな出来事で、うまく言えないが頭が急にクリアになった感覚がした。ここ最近、冬のせいなのかうっすらと気分が塞いで、心が疲れていた。それがこの「空港のベンチで大森靖子を聴いて感動する」という音楽体験で少し楽になったのだ。大森靖子に感謝したい。あとApple Musicにはアルバムのジャケットをド派手に間違ってるので直してもらいたい。

搭乗の時間になり、飛行機に乗り込む。南緯33:56から北緯35:32へ。また日常に戻ることになる。でも、どんなに忙しくても、つらいことがあっても、良い音楽で心が救われることがある。これを知っている自分は、まだ大丈夫だと思えた。

トルコ旅行記③イスタンブール

f:id:ngcmw93:20260112211748j:imageトルコ旅行記の終盤、イスタンブール観光。

 

○5日目(続き)f:id:ngcmw93:20260124235518j:imageトプカプ宮殿から移動して昼食を食べる。広場横にあるこの店で食べた肉のプレートが全部とんでもなく美味くて感動した。何が入ってるのかわからなかったがスープも美味かった。

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f:id:ngcmw93:20260125001224j:imageブルーモスクを見学。正式名称はスルタンアフメトモスク、というらしい。巨大さに圧倒される。外観からでかいのだが、中に入るとほぼ吹き抜けの作りのためかえげつない広さである。あと照明が綺麗。 入り口には蛇口と椅子が並んでおり、信者たちが入場前に身を清めている。実際に祈りを捧げに来ている人もいた。入場時には女性はストールで髪を覆わなくてはならない。ブルーモスクの由来のひとつに、床の敷物の絨毯が青だったことがある。しかしコロナ禍後に赤に変えたらしく、見ると鮮やかな赤だった。

 

f:id:ngcmw93:20260125001739j:image近くにはアヤソフィア(ハギヤソフィア)が建っている。「聖なる知恵」という意味らしい。東ローマ帝国時代の6世紀に建てられてから900年間キリスト教の教会だったが、1453年のコンスタンティノープル陥落からイスラム教の礼拝堂になった。入場に4,000円くらいかかるらしく、しかも結構並んでいたので内部は見ずに遠目で鑑賞。1,500年近く昔からある建造物は、とんでもない巨大さでちょっとした地形のようなでかさだ。ピンク色で割とかわいい要素もある。補修のためか一部が幕に覆われている。

ブルーモスクはアヤソフィアよりも豪華で大きな建物を作ろうとしたらしい。アヤソフィアは6世紀に建造、ブルーモスクは17世紀に建造なので1,000年の開きがある。しかし、アヤソフィアより大きな建物は作れなかったため、せめて大きく見せようと6本のミナレット(塔)を作ったという。

このあたりに地下宮殿もあるのだが、チケットを買って並んでまで行くか悩んだ挙句、見送った。

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f:id:ngcmw93:20260125003322j:imageその後はバザールなどをぶらつき、お土産を買うなどした。店のおじさんからどこから来た?と聞かれるのでジャパンと答えたらヤマダ電機!と言われた。人混みの中、チャイを運んでる人が時々いる。お店の人が出前で取っているらしい。

f:id:ngcmw93:20260125071432j:imageトルコといえばトルコアイスだ。屋台で注文するとちゃんと遊んでくれる。このおじさんは有名らしく、様々な俳優たちが来た写真が飾られていた。少し薄めの練乳みたいなミルク味だった。

 

○6日目
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f:id:ngcmw93:20260125072112j:image市街地を歩いていると、赤い路面電車が走っている。旧型の赤い車両と新型の青い車両がある。鮮やかで美しい。あと、栗やとうもろこしを売る屋台が出ている。ガイドさんに聞くと、焼き栗には高確率で虫が入っており、あまりおすすめ出来ないらしい。

この日は裏でMLBワールドシリーズの第3戦が行われており、18回裏まで続く壮絶な試合の末にドジャースが勝利した。午前中はずっと、ツアーの男性陣はみな試合の速報を気にしていて面白かった。

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f:id:ngcmw93:20260125072641j:imagef:id:ngcmw93:20260125072830j:image軍なのか警察なのか、迷彩柄の服装の人がいた。あとトルコにはトッグというメーカーの車がある。市内では結構日本車を多く見る。軽自動車は無くてセダンやSUVやバンばかり。軽自動車が多い日本は独自の文化なのだなと思う。

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f:id:ngcmw93:20260125073345j:imageボスポラス海峡を渡る橋の上では、たくさんの釣り人たちが釣竿を垂らしている。この日は小雨が降っていたが、構わず釣りに興じている。その橋の下のレストランで最後の夕食を食べた。この旅の行き先にトルコを選んだ理由は、かなり昔にトルコ人には「ケイフ」という概念があると知り、そこからトルコについて興味を持ったからだ。ケイフは「何もしないことを尊ぶこと」だという。ただボーっとすることを良しとする。常にスマホを気にする我々にはもう至れない境地だ。ボスポラス海峡で日がな釣りをするトルコ人たちは、竿に魚がかかるまでの長い間、もしかしたらケイフしているのかな、などと思った。

 

○7日目f:id:ngcmw93:20260125075213j:image
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f:id:ngcmw93:20260125075105j:image旅の最終日。朝早く目覚めたのでホテル周辺を散歩する。少し肌寒い朝焼けが綺麗だった。海を眺めていると猫が寄ってくる。本当にそこらじゅうに猫がいる国だ。

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f:id:ngcmw93:20260125075447j:imageイスタンブール空港へ。世界一物価が高い空港、と言われるだけあって全てが割高である。お土産はすでに調達済みのため、散策するだけに留める。空港内にイスラム教徒がお祈りするためのスペースがあった。メッカの方向の壁に印がついている。そういえば飛行機内でもメッカの方角が常に分かるように方向が表示されていた。風向きの影響でヨーロッパから日本へは復路の方が速く飛行機が飛ぶ。それでも10時間くらいかかった。

こうして、我々は日本に帰ってきた。

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f:id:ngcmw93:20260125075926j:image買ってきたチャイを飲みながら、今でも時々トルコのことを考える。人生の中でもう一度くらい訪れたいと思う。老後になるかもしれない。生活していると忙しさのせいで時間があっという間に過ぎるが、チャイを飲むことで一息つくことができる。ケイフの精神を忘れずに生きたい。そして金と時間を手に入れて、数十年後に夫婦でトルコを再訪できたら良いなと思う。

トルコ旅行記②パムッカレ〜エフェソス

トルコ旅行の中盤、パムッカレ観光編。

 

○ 4日目f:id:ngcmw93:20260112205804j:imageヒエラポリス-パムッカレへ。若干曇りだが良い天気。早朝に朝飯を食べてバス移動。車窓から外を見ると朝焼けの空に気球が上がっている。カッパドキアだけでなくパムッカレでも気球体験はできるらしい。この日はパムッカレマラソンの開催日で、道路が封鎖されていた。やむなく迂回して目的地へ向かう。どこからか音楽が聞こえてきたり、道路にゲートが設けられていたりと少しお祭り的な雰囲気があった。

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f:id:ngcmw93:20260112080310j:imageパムッカレは「綿の神殿」の意味。石灰岩の大地が広がっており石灰棚を歩ける。段々畑のようで美しい景色だ。温泉が湧いていて、裸足になって入ってみると暖かい。近年は源泉が枯れて湯量が減っている、と聞いていたがこの日はめちゃめちゃにお湯で溢れていた。かなり運が良かったらしい。石灰棚は斜面でヌメッているため滑って転ぶ人もいる。転んだら濡れるわけで悲惨だ。散策して風景写真を撮りまくる。
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f:id:ngcmw93:20260112080302j:imageここにも猫がたくさんいて、構ってやると人懐こく膝に乗ってくる。動物のぬくもりを感じる。日本もトルコも猫は同じだ。毛並みが良く、野良にしては綺麗だったのでどこかで世話されているのかもしれない。道端でおばさんからザクロジュースを買う。甘酸っぱい。

そのまま割と近くにあるヒエラポリス遺跡群を見学。ローマ帝国時代の保養地。f:id:ngcmw93:20260112210504j:image

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f:id:ngcmw93:20260112210453j:image崩れて風化している箇所も多いが、神殿みたいな建物や演劇場?の跡などが見れる。一部の遺跡は補修工事の最中だった。馬鹿でかいクレーンが遺跡の途中で登場するのでワクワクした。ダムとか頭首工みたいな、自然の中に突然現れる人工物が見れると興奮する。晴天で気持ちいい。ここにも大量の猫がいて、人間の都合に構わず昼寝をしていた。遺跡の写真を撮ると猫が写る。猫たちは古代ローマ時代からここにいるのだろうか。

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f:id:ngcmw93:20260124174950j:imageスーパーマーケットへ立ち寄る。オリーブオイルの種類が豊富である。お菓子売り場でチョコバーなどのばら撒き用のお土産を買う。カップラーメンは34トルコリラ。日本製品もあったのだろうが見つけられなかった。

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f:id:ngcmw93:20260124183903j:imageビールコーナーをチェックすると昨日飲んだエフェスの缶がある。メジャーな銘柄らしい。さっき見たエフェソス遺跡から名付けられたとのこと。今はBomontiという銘柄もよく見かけた。エフェスを作っているANADOLU・EFES社の傘下らしい。トルコ人はイスラム教徒なのに、結構普通に酒を飲む。レストランも大抵アルコールがあるし。

f:id:ngcmw93:20260125153658j:image購入したお菓子やスープ。ネスレは世界中どこでもある。トルコを代表するチョコのメーカー、ユルケル(ULHEL)は最近ゴディバを買収した。ミルクチョコバーが美味しい。他にエティ(ETI)のピスタチオ味のバーを買った。


イズミール空港から国内線に乗り、イスタンブールへ移動。日付が変わってから宿に着く。綺麗な部屋だった。疲れから気絶するように眠る。

 

○5日目
f:id:ngcmw93:20260124190146j:imageこの日から3日間はイスタンブール観光。イスタンブールはボスポラス海峡を挟んで西側はヨーロッパ、東側はアジアにまたがっている大都市だ。自分は海峡の西、ヨーロッパ側に宿泊している。まずは旧市街の中心部を観光。トプカプ宮殿へ行く。

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f:id:ngcmw93:20260124221441j:image宮殿はいくつもの建物で構成されている。王の居室、ハーレム、炊事場、図書館など。英語が読めないなりに解説を読んでくまなく見て回る。やはり宝物類が見ていて面白い。あとはコーランをずっと読み上げている人とか居た。厳粛な空気。テラスに出ると金角湾が眺められる。市街地が一望できる。

 

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f:id:ngcmw93:20260124221729j:image王や王妃の衣類も展示がある。肩がすごい。映画『ストップ・メイキング・センス』の中盤でデイヴッド・バーンが着る「ビッグ・スーツ」みたいだ。宮殿を去る時、ちょうど門番の兵士が交代するところだった。ガタイの良い髭の男たちがのしのしと歩いてくるのは迫力があった。

続いて、近くのブルーモスクへ移動する(続く)

トルコ旅行記①カッパドキア

2025年の秋、新婚旅行でトルコを旅行した記録。6泊8日。

 

○ 1日目
10:25成田発。航空会社はターキッシュエアラインズ。6,300マイルを飛んでイスタンブールへ向かう。13時間もの長距離フライトは初めてだ。腰痛持ちの自分は腰が爆発するのを防ぐためにサポーターや骨盤矯正クッションを買い込み、あらゆるストレッチを覚えてフライトに臨んだ。結果、腰はなんとか大丈夫だった。足がむくんだくらい。
座席のモニターにvoyager3Dというフライトの様子を見れるアプリがあった。飛行機のルートはなるべく人間が住んでいる場所の上空を飛ぶようだ。飛行機の腹に真下を見下ろす中継カメラが付いている。荒涼としたコーカサスの大地を空から眺めていると時々集落が見えて、こんな最果ての土地にも人の暮らしがあることに気付く。元々住んでいる人からしたら当たり前の暮らしも、日本に住む自分からしたら想像もつかない世界だ。どんなものかわからないが、案外豊かなのかもしれない。
途中、何ヶ所か全く人の気配のしない荒れた土地が延々と続く箇所があった。ウィキペディアの「フランクリン遠征」の記事を思い出す。個人的に好きな記事トップ5に入るお気に入りだ。19世紀半ば、イギリスの海軍のフランクリン卿は北極海航路を探索する目的で大西洋を航海する。現在で言うカナダの北東部だ。途中で氷に阻まれて船を放棄し、誰もいない地の果てで絶望的な彷徨を繰り広げる。結果的に隊員129名全員が死んだ。「世界の探検史上例を見ない死の行軍」「遠征隊の最期の地が(…)文明の最も近い前哨からは数百マイルも離れていた」との記述がなんとも言えず良い。あまりに破滅的で。遭難系の記事は秀逸なものが多い。「ドナー峠」とか「ウルグアイ空軍機571便遭難事故」など。
あとは映画『ナポレオン』と『マッドマックス 怒りのデスロード』『ハリーポッターアズカバンの囚人』を観た。久々のマッドマックスは破茶滅茶に面白かった。これぞエンタメ。

窓枠に付いた氷の結晶が太陽に照らされる様を見ていた

現地時刻の18時頃にイスタンブールに到着。国内線の乗り換えまで時間があるので空港を散策。カフェでトルココーヒーとチャイを飲む。コーヒーは粉っぽく、以前に寒河江にある「トルコ館」で飲んだコーヒーが本場に準拠した本物だったとわかった。つまり美味くはない。チャイは美味い。空港を行き交う人々を眺める。トルコ人男性は全員同じ髪型に同じ髭を生やしているので、なかなか見分けがつかない。22時過ぎにカイセリ空港へ到着。バスに乗ってカッパドキアへ。爆睡してたら一瞬で着いた。
カッパドキアの洞窟ホテルにチェックイン。いい部屋だった。本当にしっかりと洞窟で驚く。ベランダに出ると、夜空にオリオン座が見えた。結構寒い。結局この日はトータルで9,800キロほど移動した。一万キロくらい遠く離れても、同じ星座が見えるのは感慨深い。随分と遠くに来たものだ。深夜1時くらいに就寝。時差で6時間巻き戻ったこともあり、長い一日だった。

○2日目

トルコにはそこらじゅうに猫がいる

朝食がバイキング形式でどれも美味い。チーズの種類が豊富だった。
カッパドキアはペルシア語で「美しい馬の国」の意味らしい。街の中心には馬のオブジェがある。

今回のトルコ旅行は、日本の旅行会社のツアーに参加した。6泊全ての宿と移動を自分で手配するのが面倒だった(トルコの国土面積は日本の2倍)のと、パッケージツアーで行きたい世界遺産を全て回れるプランがあったので。金額も安く済んだ。現地に行くまで知らなかったが、このツアーはトルコ政府のプロモーション事業の対象らしく、ツアー料金の40%は政府が負担しているとのことだった。ありがたい。ツアーの参加者は年配の方が多く、大学生がいた他では我々夫婦が一番若い部類だった。

8世紀に建設された地下都市へ行く。ローマ時代、迫害を受けた初期のキリスト教徒が隠れ住んだ場所。1965年に世界遺産登録された。高さが1mも無いような通路を進むと、様々な形の部屋に繋がっている。洞窟の遺跡に点在する小麦の貯蔵庫、ワイナリー、リビングなどを見学した。
次にローズバレーという荒涼とした奇岩の多い土地へ。スターウォーズエピソード1の撮影地の候補だったらしい。アナキン・スカイウォーカーの暮らしていた故郷、タトゥイーンのモデルだ。確かにポッドレースのシーンなどを思い起こさせる砂と岩の大地だ。この地で実際に撮影された、と書きたいが、いま調べたらタトゥイーンのシーンはチュニジアで撮った、とネットにあった。トルコ政府が撮影を許可しなかったらしい。

三姉妹の岩、と呼ばれる奇岩

かつては岩をくり抜いて住居にしていた

晴天で景色の写真が映えた。バスで夕方まで名所を巡り、洞窟ホテルに戻って夕食。
ツアー客の間では、明日気球が飛ぶかどうかの話題で持ちきりだった。このツアーは主にカッパドキア、パムッカレ、イスタンブールの世界遺産を巡るものだが、旅程で最大のイベントはやはりカッパドキアの気球体験だった。晴れていることが条件で、天気が良くても強風だと飛ばないらしい。本当はこの日(2日目)の朝飛ぶはずが、強風のため乗れず延期になったのだ。残るチャンスは翌日しかない。気球に乗るかどうかでこの旅の満足度は全然違うはず。各々がスマホで情報収集したところ、飛ぶか否かはこの時点でわからなかった。集団の心理としてみんな悪い方に想像を膨らませがちなので、皆が「もう無理なんじゃないか」と口々に言い始める。不安なまま洞窟ホテルで眠る。

 

○3日目
気球が飛びそうなため、早朝4時起きで離陸スポットへ向かう。10月のトルコはやや寒い。まだ暗い中、砂のオフロードを小型バスで爆走する。日が出る前に出かけるのはワクワクするので好きだ。暗がりのそこらじゅうに集団がいてざわざわと興奮が伝わってくる。

f:id:ngcmw93:20260112072045j:image準備が始まると、急にそこかしこで気球が膨らみ始めた。多いと120機が一斉に飛ぶらしい。
脚立を使って籠に飛び込み、空へ飛び立つ。割と揺れずにスムーズに離陸。自分は高いところが苦手なことを思い出し、足がすくんで籠の中心部へ避難する。めっちゃ怖い。上空は風が強いかと覚悟したが無風だった。
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f:id:ngcmw93:20260112072501j:image数百メートル上り、地面が遠くなると逆にそこまで怖くなくなったので周囲を見渡す。視野いっぱいに、色とりどりの気球が浮かんでいる。壮観だった。あまりに日常から離れた風景にクラクラする。これだけ密集して飛び立つとぶつかるのでは?と思っていたら普通に気球同士でぶつかっていた。でもボヨンと跳ね返るだけで問題なく離れる。操縦士がガスの燃料を噴射すると、気球の中で赤い炎が燃え上がる。どのように操作しているか気になって見ていると、人力で紐を引いて気球の上部を開閉して高度を調整しているらしい。気球は風で結構流される。乗客は荷物を出発地点のバスに預けるのだが、気球は出発地点に降りてこれる訳ではないので、無線で「この辺に降りるぞ」と連絡したところへ走ってくる。そして凄いのが、気球は地面に着地するのではなく運搬用の小型トラックの荷台に着陸するのだ。操縦士が細かく向きを調整して、神がかった技で荷台にドンと着く。無事に地上に降り立って、操縦士たちとなんか記念のシャンパンファイトをしてツアー客みんなで飲む。チップはグラスに入れて返すのがマナーらしいのでそうする。

f:id:ngcmw93:20260112073852j:image絨毯の商店へ。世界中のバイヤーが買い付けにくるという館へ。おばちゃんたちが手作業で織っている場を見学。写真は蚕から糸を取り出すところ。トルコ商人は究極に喋りが上手い。大阪万博の間はトルコ館で勤務したという大柄なトルコ人が、日本語でテンポ良くジョークを交えながら次々に絨毯を紹介していく。エンターテイメント性に本当に関心した。

f:id:ngcmw93:20260112074234j:image右は33万円、左は88万円。高いものには古くは王族の絨毯だけを作っていたという地名=ブランド、「ヘレケ」の文字が入っている。

バスに乗り、ビート(砂糖大根)を大量に積んだトラックを追い越しながら西へ。この日の移動距離は617キロ。どの街も中心部に象徴がオブジェになっている。カッパドキアの中心地ネヴシェヒルは馬のオブジェ、AKSARAYという街は中心に犬のオブジェがあった。途中で立ち寄ったパーキングエリアで食べたヨーグルトに蜂蜜とゴマをかけたものが美味しかった。とにかく食事にはヨーグルトやチーズが出てくる。ブルガリアとも近いし、乳製品を多く食べる文化なのだろう。アイランという伝統的な飲料も飲んでみたが、とにかくしょっぱく、全然好みではなかった。

 

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f:id:ngcmw93:20260112075121j:image数百キロバスで移動し、パムッカレという街に着く。巨大なホテルに泊まる。かっこいいデザインだった。なんとなく旧ソビエト連邦とかにありそうな雰囲気だ。トルコもソ連側の影響を受けてるのだろうか。冷戦時の分野は知識がなくわからない。トルコはNATOに加盟している一番東に位置する国だったはず。ホテルの外観も内装も、やたら鋭い角度の意匠が多い。食事はどこのホテルでもバイキングだが、ヨーグルトの種類が豊富で選ぶのが楽しい。はちみつやジャムをかけて食べる。たまに胡麻がかかっていたりする。宗教的理由からか豚肉は全くない。チキンか羊肉ばかりだ。この晩あたりからツアー客同士で打ち解けてきて、お互いの職業や居住地なんかのぼんやりした情報がわかってくる。仕事を早期退職し、株で儲けているおじさん。強そうな生保レディー2人組。学生さん、などなど。食事の代金はツアー料金に入っているが、飲み物代は毎回支払わなくてはならない。なんか懐かしいデザインのファンタを飲んだ。この日で旅の3日目が終了。まだ序盤である。