状況が裂いた部屋

旅行と読書と生活

東北旅行記②

○ 3日目

宮沢賢治記念館

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朝食を食べに外に出て気付いたが、この街には映画館がたくさんある。「映画館通り」があり、通り沿いに何軒も密集しているようだ。普通の雑居ビルの5階とかにある1シアターしかない映画館とかいいなあと思う。仕事帰りに寄りたい。

 

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f:id:ngcmw93:20210816181340j:image盛岡城跡公園内にあるもりおか歴史文化館へ行った。1階部分は無料、2階の企画展示は有料。チャグチャグ馬コと山車がある。盛岡藩八戸藩の歴史は面白かった。持病の痔が治らず、そのせいで参勤交代を3回も延期してもらってる殿様がいて不憫だった。

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f:id:ngcmw93:20210817173947j:image盛岡城跡公園内に隣接する櫻山神社にお参りし、烏帽子岩を見つけた。なんか祀られてるでかい岩。盛岡藩主だった南部利直が盛岡城を建てている際に出たものらしい。

「岩手」の地名の由来となった鬼の手形がある三ツ石神社にも寄りたかったが、雨が降ってきたので止めて、南へ移動。

 

この日の目的は宮沢賢治記念館へ行くこと。龍泉洞も行きたかったが、岩泉町は盛岡の北東にあり、移動のことを考えて諦めた。

東北の大動脈にして陸上の国道として最長を誇る国道4号で南下。勝手に絶滅したと思っていた弁当屋「ほっかほっか弁当」が存在していた。あとインディとかいうパチンコ屋がやたらある。

沿道を観察しつつ、花巻市へ着く。

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f:id:ngcmw93:20210816181854j:imageまずはイーハトーブ館へ。賢治の生涯についての詳細な年表があった。上映ホールでは宮沢賢治の書いた童話のアニメをやっている。「注文の多い料理店」と「どんぐりと山猫」を観た。

宮沢賢治は「イーハトヴ(イーハトーブ)」という語を「著者の心象中に、この様な状景をもつて実在したドリームランドとしての日本岩手県である」と説明している。

f:id:ngcmw93:20210816182212j:imageそして宮沢賢治記念館へ。本当に良かった。ここを訪れるために岩手へ行く価値はある。

法華経に深く帰依して、浄土真宗の家族にも法華経を勧めて揉めたこと、樺太へ行ったことがあること、大量のレコードを収集していたことなど、知らないエピソードが多かった。

賢治が愛用したセロがあった。セロを習うため上京したこともあったらしい。割と何度も上京している。あと、宇宙をテーマに賢治の創作の根源について考察するパネルがよかった。自分が一番強い印象があるのは『永訣の朝』なんだけれど、妹トシを想う賢治の強い気持ちと、死を覚悟してからの祈りの描写の背景を知った。トシが死んでから、賢治は半年間詩を作れなかった。ちなみにトシ以外の兄弟は長生きし、弟は2001年まで生きている。

道の駅の風呂に入ったり、お土産物屋に寄りつつ、夜に遠野へ辿り着く。小さな街だった。この日の走行距離は100kmと少し。翌日の予定を決め、宿を予約して寝た。


○ 4日目

遠野、南三陸気仙沼f:id:ngcmw93:20210823205222j:imagef:id:ngcmw93:20210817174136j:image

f:id:ngcmw93:20210823191004j:imageとおの物語の館へ。主に柳田國男の展示を観る。生涯から著作までかなり詳細な展示だった。遠野物語の他に百以上の著作があり、教科書の編集までしている。柳田が訪れた場所の地図があり、見ると全国ほぼ全ての県に行っていた。佐渡にも来ている。あとフレイザーの『金枝篇』からも影響を受けたらしい。
佐々木喜善は遠野の人で、柳田に遠野の伝承を話して遠野物語が書かれた。「昔話」という言葉を初めて使った人。晩年には村長もやっている。佐々木は宮沢賢治とも交流があった。佐々木に宛てて賢治が書いた手紙が展示してあった。

柳田國男農商務省の官僚、宮沢賢治は農学校の教諭や農業技師として、本職として仕事をしつつ創作活動を行なっていたのは凄いことだと思う。片手間で出来る量の著作ではないので。人生を費やして何かを残すことについて考えさせられた。

遠野座というホールが併設されていて、語り部のおばあさんが昔話を話してくれる。残念ながら強烈な訛りで何言ってるか正直わからなかった。

 

この日の午後は世界文化遺産中尊寺に行ってから宮城・福島方面へ行くつもりだったが、急に太平洋を見たくなってしまった。平泉は内陸で、国道4号線沿いで宮城方面へ南下しやすい。厳美渓にも寄れるかもしれない。しかしどうにも海を見たい。迷った結果、フィーリングで太平洋海岸沿い南下コースを選択した。自分が通った沿岸の復興支援道路はずっと無料区間だった。

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f:id:ngcmw93:20210817174247j:image途中で見かけた無限列車と良い看板、あと龍泉洞珈琲。

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f:id:ngcmw93:20210816182501j:image陸前高田にある「道の駅高田松原」に寄ったあと、宮城県気仙沼シャークミュージアムへ。

自分はサメに関しては映画『シャークネード』シリーズからしか情報を得ていないため、一回真面目な知識を仕入れる事ができて良かった。サメより恐いの、どうせ人間ってオチだろ!とめくったら鏡があり、自分と目が合う。俺はサメより恐い男…。

ここから延々と南下して宮城県を縦断、夜に福島市に着く。この日の走行距離は300kmを超えた。流石に疲れて早めに寝た。

 


○ 5日目

この日は自宅へ帰るだけ。泊まった福島市から郡山まで南下し、ひたすら磐越道を西へ向かい無事に帰宅した。

f:id:ngcmw93:20210817174505j:image今回の旅の総走行距離は873.2km。今の車は買ってから6,673kmしか走っていないので、その1割強を今回の旅行で走行したことになる。

 

3日目の朝に寄ったもりおか歴史文化館の一階で、本を2冊買って道中ずっと読んでいた。くどうれいんの『うたうおばけ』があまりにも良くて、後半はこの最高のエッセイを読める感動とともに旅行していた。以前から「ツイッター上にいる、盛岡在住の短歌の人」と認識していたけれど、この前小説がいきなり芥川賞候補になっていて驚いた。

手羽先を拳銃としてわたくしはあなたの不幸を奪う強盗」という短歌が好きなんだけれど、このエッセイはこの句の感性そのままに(当たり前だが)書かれていた。地方都市で暮らすOLが、忙しなく日々を送りつつこんな素敵な文章を書いている、そんな事実になんだか救われる。

帰宅してから思い出したが、恩田陸『球形の季節』の舞台"谷津"のモデルは一関市らしい。あの小説にはしつこいくらいに土地についての描写がある。あの思い切りスティーブン・キングの影響にある傑作ホラーミステリの舞台を巡りたかったが、廃工場や川を見てもなあ、とも思った。


今回は民宿やゲストハウスに泊まるのを避け、ビジネスホテルばかりに宿泊した。情勢的に仕方はないのだけれど、旅先で人と話すのが好きなのでそれが出来ず残念だった。

あと、きちんと広縁スペースがある温泉宿とか泊まりたいと思う。広縁からのんびり窓の外を眺めてぼんやりするやつをやりたい。

 

東北旅行記①

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東北地方を車で旅行した記録。

主に秋田と岩手。


○ 1日目

カーフェリー乗船、新潟港出発f:id:ngcmw93:20210823224504j:image

f:id:ngcmw93:20210815233642j:image22時半、新潟港発の新日本海フェリーに乗船。

気温は25℃で天候はくもり。数日前まで35℃を超える猛暑だったため、結構涼しく感じる。

21時半頃に受付をしたら車乗り入れの客では一番最後だった。船は「らいらっく」。秋田に寄港するほか、苫小牧まで行くらしい。

船に車を積み、メーターをゼロにした。

f:id:ngcmw93:20210815233703j:image船内は空調が結構強くて寒い。隣の客室は全員自衛隊だった。台風が接近してるせいで結構揺れる。

f:id:ngcmw93:20210825214850j:image少し前から地域の伝承とか風習に興味が出て、民俗学についての本を読んでいる。今回は旅行に行くことを決めてから、せっかく遠野に行くならと図書館から遠野物語の本を借りてきた。出発までに読み切れず、フェリーに持ち込んで読んだ。「図説 遠野物語の世界」は写真が多く特に面白く読める。河童伝説やマヨイガ、座敷童子など。

蛍の光が流れる。二段ベッドの下に入り寝た。


○ 2日目

秋田上陸、男鹿半島半周、盛岡へ

船内のアナウンスで目が覚める。窓から見るともう岸が見えている。起き抜けの煙草を吸っていると、喫煙所の窓越しに結構な数の風車が見えた。

5:05秋田港着。車の乗り入れが一番最後だったため、逆順で出庫が一番最初になってしまった。少し緊張する。県道を走り、海沿いを北上。

男鹿にある道の駅「オガーレ」で少し休憩する。道の駅は思い切り歯磨きをしてても変な目で見られない貴重な公共の場所だ。

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f:id:ngcmw93:20210815234002j:image男鹿半島の先端、入道崎に着く。日本海は荒れていた。おみやげ屋からなまはげのかけ声が延々と響いている。

北緯40度のモニュメントがある。この土地で取れた安山岩で作られたらしい。結構かっこいいデザインだ。北京とかと同じ緯度。

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f:id:ngcmw93:20210815234141j:image入道崎には昔UFOが来たらしく、その時撮影したビデオを見せてくれると書いてあった。胡散臭さ、個室ビデオ店みたいな看板、そしてUFOラーメン(海鮮が乗ったラーメンらしい)なんて作っちゃってるあたり、百点満点だ!と叫びたいほど嬉しかった。旅先でこういうのに遭遇するのが一番楽しい。

しかしUFO推しのみさき会館はこの時間閉まっていたため、隣のお土産屋で海鮮丼を食べた。

 

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f:id:ngcmw93:20210816080332j:image10時、寒風山に到着。男鹿半島の全てを見渡せる。この旅行でのベスト景勝スポットだった。

まずは西側に昔の噴火口が見える。緑に覆われていい感じだ。この山の隣にも別の火口がある。半島の先に日本海が広がっているところまで見ることができる。

 

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f:id:ngcmw93:20210817180554j:imageそして東側には大潟村の広大な稲作地帯が広がっている。この旅行の目的のひとつ、「最大の干拓地、大潟を見る」が達成された。琵琶湖に次いで日本で2番目に大きな湖だった八郎潟の8割を20年かけて干拓し、馬鹿でかい農地と村が作られたのが昭和39年。50年以上昔の話だ。国内で一番大きな人工の土地。そのほとんどが田んぼというのだから、当時はどれだけ農地が必要だったかわかる。ジオパークに認定されている男鹿半島・大潟を紹介する展示も面白かった。地理と歴史の話はいつ聞いても面白い。

4階建ての寒風山回転展望台に登る。展望室は13分で一周するようになっている。時計回りに回転しながら、ぼんやりと景色を眺めて、なんだか満たされた気持ちになった。

f:id:ngcmw93:20210816080653p:imageここから盛岡市を目指してひたすら東へ移動。

途中の国道沿いにパラソルを差して座るおばあさんを見つけ、ババヘラアイスだ!と嬉しくなる。


地方都市に住んでいて少しだけ得するところとして、高層ビルが立ち並ぶ大都会へ行ったときと、人の居ないド田舎に来たときの両方で非日常を感じられる点がある。田舎もたまに来る分にはいいなあ、東北におばあちゃんの家とかあって欲しかったな、と思う。それから国道46号をひたすら東へ移動しつつ、ずっと停滞している直近2年間くらいの自分の人生について考えていた。


ついに盛岡に着き、ホテルにチェックインする。この日の走行距離は258km。車を停めたのが「金田一駐車場」という場所で金田一京助と関係あるのか?と気になった。

6時台のニュースを観ていたら、「奥州市出身の大谷翔平選手がホームランを打ちました」と言っていてそうだ大谷の地元か、と思う。

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f:id:ngcmw93:20210816175006j:imageじゃじゃ麺発祥の店、白龍(パイロン)に来た。5分ほど並んで入店。大盛を頼んだら結構な量が来た。麺を食べ終えたあと、「ちーたんたん」をやった。自分で皿に卵を割り入れて溶き、店の方に「ちーたんたんお願いします」と言ってスープを入れてもらう。皿に残った味噌だれを卵スープに溶かして食べる。こういうご当地料理を食べる時の作法とかやり方を知るのはめちゃくちゃ好きだ。一応事前に調べて行ったが、ちゃんと店の壁にも説明書きがあり親切だった。常連ぽい方は「ちーたん、味噌も」と一言で済ませててかっこいい。麺を食べる時に味噌を使い切っていた場合、味噌を追加してもらえる。大盛は710円、ちーたんたんは50円だった。

白龍は岩手城址公園と岩手県庁の中間にある。この周辺は喫茶店やカレー屋や飲み屋が密集していていい感じの雰囲気だった。櫻山横丁というらしい。

さらに盛岡の繁華街を歩く。駅から15分ほど歩いたところにかなりの飲食店などが密集している。新潟駅前より一回り大きいくらいの飲み屋街に感じた。飲み歩きたかったが情勢的に自粛し、酒を買い部屋で呑んだ。岩館電機のローカル感溢れるCMが良かった。社員っぽい人たちがオーケストラとして演奏するやつ。

 

翌日の予定を考えながら寝た。

『避行』あとがき代わりの近況

 2作目の短編を書いた。

 避行(高里 嶺) - カクヨム


 小説を書き終えてすぐにあとがきを書いてはいけない、何故ならハイになってるから、と文庫版『後宮小説』のあとがきで酒見賢一が言っていた。なので、この文章は短編を書き終える少し前に書いておいた。そういう意味じゃない気がするが。
 ここ半年以上、書くモチベーションが全く保てなかった。仕事をしている時は早く帰って創作をしたいと思うけれど、家に帰って風呂に入るともう寝てしまう。長い社会人生活、帰宅してから寝るまでの時間に何をするかで人生が決まっていくのに。一番文章を書いてるのは通勤のバスの中かもしれない。と言っても取り留めもなくアイデアを書き殴ってるだけなのだけれど。休みの日は銭湯を巡らなければならないし、じっくりと腰を据えて書けた試しがない。飛浩隆先生のこの記事を読む度に恐れ入ってる。一作の小説の改稿作業を7年もやったら、まともな人間なら発狂して死んでしまうと思う。飛先生は静かに狂っている。

 実際に文字を書くという進捗のないまま、ずっと頭の中で小説のことを考えていると、自分がかなり無駄なことをしている気がして不安になる。それでも、実際に手を動かして文字を起こしていない時間も、頭の中で文章が練るために必要な時間なんだと信じたい。そうじゃないとやってられない。

 この短編は、酒を飲み、煙草を吸い、ギターを弾いてまた酒を飲み、ゲームに逃げ、映画を観て夜散歩をして、ようやく書く気が起きて机に向かい、やっぱり書けずに寝る、そんなことの繰り返しで数ヶ月が経ち、書き散らした原稿の残骸から書きたいものを見つけてなんとか文章にした、そんな小説だ。相変わらず暗くて湿っぽいなあと思う。遅々として進まない原稿とは関係なく、最近の自分はあまり調子が良くないし、世の中もずっとそんな感じなので疲れが溜まっている。飄々と生きたいけれど自分の気質からして無理なので、ヌルッと生きたい。感覚的な話。


 今年もぼんやりしていたら上半期が終わりそうだ。最近読み返したBECKコユキの「ボーッとしてたら 何事もなく人生は過ぎていくんだ」との台詞にやるか、と創作欲を駆り立てられた。何事もなく死にたくない。時々それを思い出す。

 2020年は1本の短編と1本のPVを作ったけれど、今のところ2021年はその半分の実績しかない。色々とやりたいことはあるけれど、まずはちゃんと形に残るものを作りたい。旅行もしたいけど。来年あたり、カナダかオーストラリアに行きたい。ロシアでもいい。

辺境探訪記

 

土合駅

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ホームが近下深くに存在することで有名な土合駅へ行った。群馬県みなかみ町

 

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まず、付近にあるドライブインが良かった。ステーキが有名らしく、客のほとんどが食べていた。流されることなく蕎麦を食べる。

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壁に駅の成り立ちが書いてあった。大正時代に上り線ホームのみを地上に作り、その後昭和40年代に大清水トンネル内に下り線を作ったため、70mも地下に下り線ホームができたらしい。

ちなみに土合駅は群馬の駅の最北端で、ここを境にJR高崎支社と新潟支社が切り替わる。乗務員の切り替えとかはどうしてるんだろうか。車で土合駅へ至る道はその先で行き止まりになっており、まさに辺境である。

 

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ドライブインのすぐ近く、土合駅に着いた。電車の本数が極端に少ない。ちなみに上越線上越地方を一切通らない。由来は上州と越後を通るかららしい。奈良県を通らない奈良線みたいだ。

 

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上り線ホームを覗くがもちろん誰もいない。

 

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下り線ホームへ向かう階段。なんかSF感あってテンション上がる。割と人がいる。実際にホームで乗り降りする人は一日20人程度らしく、車で来た観光客ばかりだった。ユーチューバーなのか、ひとりで喋りながらGoProで撮影している人もいた。

 

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地下70m、ホームに到着。隣の土樽駅新潟県である。薄暗くて良い不気味さだ。

 

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待合室ではカフェをやっているらしい。この日は休業だった。メッセージを残すノートがあった。全然関係ない鬼滅の刃のイラストばかり。

 

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上りはキツかった。10分くらいひたすら階段を登る。出口でJRから励まされる。

隣の敷地になんかモンゴルのゲルみたいな建物あるけどなんだろう、泊まったり出来るのかな…と眺めていたらその晩テレビで紹介されてた。

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https://www.jreast.co.jp/press/2019/20200120_ho01.pdf

どうやら辺境グランピングなるものが流行ってるらしい。ロウリュウサウナもあるようなのでかなり惹かれる。

 

 

○ 親不知

上越勤務の頃、よくドライブをしたのが国道8号線と18号線だった。18号を南下すると長野、松本方面へ至り、紅葉の時期などはかなり景色が良い。8号線については以前も書いたけれど北陸〜滋賀・京都を縦断できる幹線道路だ。

8号線を下った糸魚川の西の端、親不知は交通の難所として有名である。あと「浄土」とか「歌」とか珍しい地名が多くて面白い。

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ここに親不知ピアパークという道の駅がある。何故かでかい亀のオブジェがある。この隣に翡翠ふるさと館という展示スペースがあり、地元の観光資源であるヒスイ関係の展示が展開されている。が、それより国道マニアにとって、というか自分にとってたまらなく好きなジオラマがある。

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この地点は海と山のわずかな隙間にJR北陸本線国道8号線、高速の北陸道が3本並行している。高速に至っては立体で8号線と交差し、完全に海に迫り出していて見応えがある。通行するとレインボーブリッジ周辺の立体交差したデカいジャンクション感があり興奮する。


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道の駅からは高速を真下から観察できて気に入っている。なんかPVとか撮れそう。

 

山奥にある巨大なダムや海峡に架かる橋など、自然を力づくで捻じ伏せるようなコンクリートの構造物に感動する。黒部ダムを見た時も感じたが、その背景にある膨大な金と時間と労力を想像してロマンを感じてしまうのだ。青函トンネルとか明石大橋もいつか行きたい。

 

 

 

佐渡旅行記

出張のついでに1泊2日で佐渡を旅行した記録。

 

○ 1日目

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11:30新潟港発。

平成31年3月に海洋生物(たぶんクジラ)と衝突したジェットフォイル、「ぎんが」に乗った。佐渡まで1時間。

 

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12:37両津港着。佐渡上陸は5回目くらい。でも部活の遠征や仕事ばかりで、まともに観光をしたことがない。

この日は全国的な猛暑で、移動の途中に見た温度計は35℃を指していた。


すぐにレンタカーを借り、新穂の長三郎でブリ丼を食べ、15時半まで仕事。ここから観光がスタート。

 

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16時半に相川金山へ着いた。

 

観光できる坑道はBルートとCルートがあり、両方を回るAルートを選択したらAは16時で終わりました!とおばさんに言われる。仕方なくBルートだけ回った。

 

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不気味な程に精巧な人形は「早く外に出て、酒を呑みてえ、なじみの女にも会いてえなあ」とか言っていた。ブラタモリタモリが来たとき真似してたやつだ。

時々コウモリが飛んできてびびる。坑道内はかなり涼しくて最高だった。展示室も面白い。

 

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定番の金塊取り出すやつ、挑戦したが出来なかった。来る時のジェットフォイルで密室ミステリィを読んで来たのでいけると思ったのに。

金塊の山もあったが全部ティッシュの箱である。

出口で売ってた金粉ソフトクリームを食べた。

 

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近辺から見た有名どころのスポット。

 

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金山へ登ってくる道を引き返して、旧相川拘置支所を見に行ったが時間外だった。残念。

途中、ガシマシネマという映画館兼カフェみたいなところがあった。佐渡に映画館はないと思っていたのにあるようだ。以前は旧作を中心に上映していたが最近は新作もかけるようになったらしい。かなり良さげな雰囲気だった。

 

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また移動して、割と近くにあるシックナーへ行った。

最初google mapを信じて細い道を進んだら違う場所に着いてしまった。あんなでかい遺構を見落とす筈がない…と周囲を探索すると、遺構の上の道に来ていたらしい。いきなり眼下に構造物を見つけてまたびびる。引き返してちゃんと見た。面白い。

遺構の手前に相川郷土博物館と相川技能展示館があったがもう閉館の時間だったため断念。遺構は精錬所の跡だとは知っていたが、もうちょっと詳しい解説を見たかったので時間が合わなくて残念だった。

 

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ホテル大佐渡のある岬から夕日を撮影。雲がかかっていてイマイチだった。長いこと映像の素材として使える夕日を撮ろうとしては、これぞ、という画が撮れていない。


この日は金井のビジネスホテルに泊まった。GoToキャンペーンで安い。暑さにやられたのかくたびれていたため、呑みに出歩かなかった。でもホテルの食堂で適当に呑んだ。大浴場があって良かったけどサウナが欲しいと思ってしまう。最近週1は必ずサウナに入りたい体になってしまった。テントサウナとか気になる。

 

○ 2日目

翌朝、テレビを点けると前日発表された首相辞任のニュースばかりだった。もう一度風呂に入り朝食を食べて出発。新穂川ダムまで車で15分ほどの位置にいたので行ってみる。

 

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昭和47年11月竣工。プレートでは「竣功」と表記されてる。
ダムカードの配布を中止していたので残念だった。平時であればダムの写真を撮影し、遠隔管理している大野川ダム管理事務所で見せればダムカードが貰えるはずだった。

現在はあいぽーと佐渡でダムマップをもらい、各ダムでスタンプを押すスタンプラリーの形式でカードの配布を行っているらしい。自分の他にもダムの写真を撮っている人がいた。どんな分野にもマニアはいる。

金井の街へ戻る途中、県道沿いにラブホテルがあってウケた。佐渡にもラブホはあるらしい。


国道350号線で小木方面へ向かった。

途中に歴史伝説館を見つけ、わざわざ引き返して入った。

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また人形が動き回り喋っていた。日蓮が処刑されそうになったら稲妻が落ちて助かった、みたいな話が一番面白かった。2階に上がったら子供が寄っかかってるな、と思って顔を覗き込むと人形だった。怖い。変な遊び心がある。

 

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小木周辺、特に宿根木集落を見学した。蔵のデザインがかっこいい。有名な三角家は内部まで入れる。腰板と呼ばれる建築材は船の建造で余ったものなどを利用したものらしい。たらい舟が浮かんでいるのが見えた。暑過ぎて30分程で撤退する。

 

この後は佐和田方面で後輩と昼飯を食べ、喫茶店で駄弁った。16:05発のカーフェリーで帰る。佐渡汽船のお土産物屋の端ににんにくばかり売ってる自販機があるのを観測した。2017年の秋は柿を売っていた気がする。ロッカーみたいな装置で見かけも良い。需要はあるのだろうか。

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船内のカウンターでカードが欲しいと職員に言うと出てくる船カード。前にも貰ったことあるけどまた貰った。船内に大々的に表示は無いため知る人ぞ知るカードだ。今の時期、佐渡ではダムカード発電所カード、港カードなどが手に入る。物好きなマニアたちがそれを目的に島に渡っているんだろう。のんびりした島が好きなので次は粟島か山形の飛島も行きたい。

 

 

小説『オールナイトロング』

初めて小説を書いた。

オールナイトロング(高里 嶺) - カクヨム

 

学生の頃から、ずっと書きたいと思っていた。でも書けなかった。「今は忙しいから」「バンドやってるから」と、書かない理由を無限に積み上げていた。結局、一作を書き上げるほどのモチベーションを保てないまま時間だけが過ぎていった。

以前、このブログで小説を書く、と宣言した気がするが、結局その時書いた原稿もすぐにボツにして何も起こらなかった。

それでも時々、ふと思いついた物語の断片的なメモをiPhoneに書き溜めていた。

 

今年の1月頃、今書かないと一生書かないだろうな、それは嫌だな、とやや後ろ向きな動機でプロットのリストを見返した。映画の『グーニーズ』や『IT』、スピルバーグの『super8』みたいな「この街の裏で大きな出来事が進行していて、それに気付いているのは俺たちだけだ!」みたいな、少年たちのひと夏の冒険活劇的な物語のプロットが目についたので、それを書き進めることにし、すぐ挫折した。

次に昔読んだ『フランチェスコの暗号』という小説を下敷きにした、学生生活の最後の数日を舞台にした青春ミステリを書こうとし、また挫折した。それでもこのアイデアはまだ生きているので、なんとしても近いうちに書きたい。学生時代の思い出が薄れつつある今が書ける最後のタイミングだと思ってる。

こうやって没にしたアイデアを転用しつつ、「学生たちが部屋で一晩中語り合う、仄暗い青春モノ」というメモを元に書いたのが本作『オールナイトロング』だ。

 

タイトルが一番最初に決まった。2、3年前から温めていたもので、このタイトルで何か書きたいと思っていた。

アメリカン・グラフィティ』が大好きなので、ワンナイトものをやりたいと思った。しかし群像劇は書くのが大変だし自分には無理だ、と消極的な理由でやめた。いつか書く。

それでも「一晩の中で様々な出来事が同時並行している」という状況はやってみたかった。そこで、以前から別の短編のアイデアにあったBBSでの議論、の要素をぶち込んでみた。mixiの「〇〇好きな人集まれ」的なコミュニティの雰囲気が大好きだったので。某自転車部の掲示板とか何度か覗いたりして参考にした。あと『電車男』的な共通の話題でPCのモニター越しに盛り上がってる感じが好き。小さなコミュニティ内での内輪ネタ、深夜テンションのグルーヴ感。そこまでの描写は出来なかったが。

一箇所でずっと駄弁る、というシチュエーションはひとつの話題をじっくり掘り下げるにはいいのかもしれないが、間が持たないというか、変化がないので短編でやるのが限界な気がする。映画『キサラギ』のような密室の会話劇をやってみたいとも思った。が、あれはストーリーは勿論、演技が凄すぎる。あと映像ならでは、といった過去の回想シーンを多く入れている。

小説で会話劇的なことをやるのは難しかった。2人の対話であればカギ括弧の連続でも会話シーンを書けるが、3人以上だと誰の発言か分かりづらい。説明臭い文体にならないよう工夫したつもりだけれど、解決編というかオチはまどろっこしくなってしまった気がする。

明確な結末のない、ストーリーもあってないような、雰囲気だけの小説も書けるようになりたい。それは本当に文章が巧い人しか書けないので。

 

自分でここ数年考えていたことは、全て本編の第3章で語らせた。一番クサイ台詞を喋らせているが、このシーンの二人は酔っている設定なので。結末は3パターン作って一番しっくり来たものにした。

拙い文章だけれど、なんとか一本書けて嬉しい。年内にもう一作仕上げる予定。

 

 

主に参考にした作品リスト

森博嗣黒猫の三角

金城一紀『映画篇』

百舌涼一『中退サークル』

zinbei『朝まだきの中で』

恩田陸夜のピクニック』『ネバーランド』『ブラザーサン・シスタームーン』

2020年6月の短歌

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FM PORTの最後の放送を聴きながらこの文章を打っている。熱心なリスナーではなかったけれど、ここ数日は運転中や原稿を書いてる時ずっと聴いていた。6月30日の24時を以ってradikoで遡って聴くこともできないとのことで、最終日のヘビーリスナーには仕事を休んで聴く人もいるらしい。わざわざ録音機材を買った人、人生で初めてのメッセージを送る人、記念の花火を打ち上げる人。様々な感情が動く中、最終回へ収束していく感じがライブ感あって良い。昔、「週刊ストーリーランド」という番組で、ラジオの話があった。主人公はラジオDJの女性。長くパーソナリティーを務めた番組を降板する最後回、最後のメッセージを読んでいる途中、ハガキの送り主が絶縁状態の父親であるとわかり、泣きながら父に感謝を述べて最後の放送を送る、そんな話だった。いま調べたら制作協力は京都アニメーションだった。タイトルは「最後のリクエスト」。エンディングテーマがZARDだったりで時代を感じる。2001年のたった十数分のアニメでもこうして思い出す人間がいるので、20年続いたラジオはずっと記憶されると思う。島村仁のビートコースターが好きだった。

あと1時間半で閉局。リレー方式で番組を繋いでいくパーソナリティーはみんなプロだなあと聴きつつ、あの萬代橋のたもとのcozmixビル、放送局スタジオの舞台裏でどんなドラマが起こっているのか想像しながら、歴史の最後を見送ろうと思う。