状況が裂いた部屋

旅行と読書と生活

『出会って4光年で合体』

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とんでもなく面白い。久しぶりに漫画を一気読みした。漫画の体裁だが小説的な要素もあり、382ページの分量をしっかりと読み切るのに半日を要した。凄まじい情報量の、とても重厚な物語だった。中学生の性欲、完璧な女の子、狐憑き、島の風習と伝承、長閑な田舎の風情、歪な管理社会、超伝導量子コンピューターおばあちゃん、素因数分解、不気味な空気、何かを忘れている感覚、おまじない、狐と狸。そしてアナルビーズ。登場するもの全てが意味を持ち、点と点が繋がり、田舎の島から4光年先へ物語が跳躍する。このカタルシスは一気に読まないと得られなかったと思うし、一気に読ませる絵の上手さと予想もつかない展開が全編に詰め込まれている。

特に好きなエピソードは、主人公のクラスメートの母親が急に活動家になり、猪のお面を被った過激派として7年間活動後島に帰還し、30万字のエログロ小説を電子書籍で出版する(『テロリスト監禁調教』)ものの発禁になる(タイトルに『ロリ』と『監禁調教』のNGワードがあるから)というくだりだった。全然本筋に関係ない人と思いきや、彼女は物語の後半にキーマンとして再登場する。

どこまでも壮大なスケールと、痛い切なさがあった。科学もオカルトもフィクションもノンフィクションも、面白さを作るひとつの要素になっていた。途方もないSF作品だったし、純愛もののエロマンガでもあった。伊藤計劃円城塔も野崎まども全て飲み込み、物語に混ぜ合わされていた。後半は『プロジェクト・ヘイル・メアリー』だった。どうやってこんな物語を思いついて、書こうと思い、書き切れたのか想像もつかない。馬鹿馬鹿しいほど壮大な話を読むたびに、投げ出さずにそれを形にする胆力に打ちのめされる。傑作をものにするとはこういうことなんだろう。

全編に散りばめられているネタのサンプリング元もわかるものとわからないものがあった。クラシックなSFをちゃんと読もうと思う。

仕事に疲れた土曜の朝、荒れ果てた部屋のちゃぶ台でこれを読み始め、気づいたら夕方だった。こんなに救われた気分になるのはいつ振りだろうか。そういえば自分も面白い話を書きたかったんだよな、と思い出した。

2023年良かったもの

 

・FROLIC A HOLIC

3月。武道館1日目を配信で観た。演劇、コント、ライブ、トークなんでもありのエンタメとの触れ込みだったが本当に全部ごちゃ混ぜで完成された舞台で凄かった。
佐倉綾音が演じるアイドルキャラ(ラブちゃん)が馬鹿みたいな台詞を叫び、それをDJ松永が即座にサンプリングしてDJする、という件が良かった。シンプルにかっこいい。佐久間信行とcreepy nutsのラジオコーナーがリアルと虚構(コント)の両方いけてて凄い、こんなやり方あるのか。

一番のハイライトはR指定と"ラブちゃん"が飲みに行く話のところだろうか。説教されるうだつの上がらないラッパー役。からの菅田将暉抜き「サントラ」。サントラはそこまで好きではなかったのに、この時は本当に良い曲だと感じた。あとベレー帽に丸メガネの佐倉綾音が最高に可愛かった。あとは後半、満を持して登場した若林がやりたい放題やるのが面白かった。

 

WBC

準決勝のメキシコ戦、これまで観た試合の中で一番興奮した。相手の好投(エンゼルスのサンドバル)もありなかなか点を取れない焦れた状況から、7回に吉田の3ランで同点、また突き放されて2点差、そして9回の大谷と吉田の出塁からの村上のサヨナラ。劇的な試合で何度も叫んだ。野球の醍醐味の全てが詰まった試合だ。決勝のラストイニング、クローザー大谷vsトラウトの対決は永遠に語り継がれるだろう。映画も結構良かった。

今年は例年以上に野球へのモチベがあったので、5月にはハードオフエコスタジアムで巨人対DeNA戦を観戦した。先発は戸郷対バウアー。投手戦になるかと思いきや5本のホームランが飛び出す派手な試合となった。2-9で巨人の勝利。やはり点が入る試合はエンタメ性が高い。最高に楽しめた。

 

グリッドマンユニバース

2018年のベストアニメであり、キルラキルやプロメアを超えて最高に面白かった「グリッドマン」の劇場版。素晴らしい出来だった。ありがとうTRIGGER。正直マルチバースの細かい設定は分からなかったがそんなの問題にならないほど楽しめた。ラストの告白はストレートで、そこも良かった。SFもマシンも世界を救う話も大団円で、王道のラブストーリーが全部まとめて締める。美しい終わり方だ。しばらく余韻に浸っていた。個人的に楽しすぎた2018年を思い出して少しナーバスになるほどだった。

 

・走ること

1月の箱根駅伝を観て思い立ち、ランニングを始めた。3月頃から週1回ほど走るようになり、4月には晴れた日は毎朝走った。そして5月に佐渡トキマラソン、10月には新潟シティマラソンの10キロの部に出場。そこそこ楽しく走り切れたので次はハーフマラソンに挑む予定。文フリに出続けているのもそうだが、目標(締切)を設定して、やらなければならない状況に追い込まないと全く動かない性格なため、数ヶ月先の自分に期待をかけ続けたい。マラソンの翌日は筋肉痛がひどいので土曜開催を希望する。

 

・登山

身体を動かすという点で言えば今年は3回登山した。一番良かったのは福島の磐梯山。霧がやや濃く、頂上からの景色はいまひとつだった。しかし七合目あたりの林道を歩いた時、一瞬雲の隙間から筋のように光が差した瞬間が神々しいほど美しかった。あと山頂近くの山小屋で食べたきのこ汁とおにぎりが美味くて沁みた。来年こそ富士山に挑戦したい。とりあえず箱根に旅行して綺麗な富士山を望んでモチベーションを上げたい。

 

・文フリ

11月の文フリ東京に2年連続の出展。新作のエッセイ本を持って行った。結局新作はあまり売れなかったが香港旅行記は手持ち分を全て売り切った。文フリに間に合わせる、という締め切りを設定することで書くモチベーションになるので良い。来年はビックサイトに会場が変わるとのことで、また何か作って出たい。

 

・観た映画


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旧作も含めると30本観たが50は観たかった。『レザボア・ドッグス』が2024年1月に30周年記念リマスター上映されるので絶対に観る。

 

・1年のまとめ

コロナ禍がようやく終わり、平穏さが戻ってきたと感じる(この文章を書いている今は地震で大事になっているが)。あとTwitterがめちゃくちゃになったりしている。最近はネットの治安がどんどん悪くなっている気がする。それでも自分は相変わらずSNSは割と見てしまっている。

自分に関して。30歳になってしまった。まだ実感はないが、周りの同級生も当然ながら30歳になっており、まあそういうものかと普通に受け入れている。

最近意識が向いているのは、身体や精神を健康に保つこと。年寄りじみているが人生において非常に重要だ。料理をしたり、走ったりすることはやはり身体に良い。自分の身体に直接還元されることは、ダイレクトに良さが感じられていいな、と思う。何というか、即効性の達成感が得られる。ひとりで完結するところも良い。美味しい、とか、疲れてぐっすり眠れた、とか。気持ちよく生きていたい。

そして改めて思うこと。社会人になって一番大事なスキルは、どんな時でも自分の機嫌を自分で取ることだ。音楽やラジオを聴きながらの散歩、漫画や小説への没頭、車で隣街の銭湯に行くこと。そして時々3〜4日は住む街を離れて遠出して、日常生活から逃避すること。2024年は久々に海外へ行きたい。

 

2023年の創作

大雑把に分けると一年の前半はバンド関係、後半は執筆で成果物ができた。

 

今年作った、自分が関わった作品

・『sidewalk/bluepoint』


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随分と前、2019年頃に録音した音源を2曲入りシングルとしてリリースした。時間がかかったが、とにかく発表できてよかった。曲としてもちろん良い曲だけれど、それ以上に出せたことに意味があるものだった。リリースできたことでようやくバンドが次に進むことができた。


・『sidewalk』MV


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MVを制作。これについては別で記事を書いた。無料のソフトを使って、1か月半ほどかけてコツコツ作業して完成した。映像も気に入っているが、ずっと撮ったまま温めていた映像をまとめて、作品として完成させることができたのが大きい。

 

・エッセイ本『20-30』

1か月書き続けてなんとか文フリ前に完成した本。エッセイ本を書くのは初めてだった。いま読み返すと面白い部分と「なんだこれ...」となる文章が半々くらい。でも書いてよかった。1項目ごとに500~600字くらいの文章で書いたが、「話題の提示→それにまつわるエピソード」の構成が「話題の提示→こんなことがありました」くらいの半端な導入で終わっている項目があり、何の深みもない。別にオチはなくても最後までちゃんと書けよ!と思う。


この他、自分が参加した座談会が本になったり、来年発行予定の雑誌に記事を書いたり、ゆっくりとしたペースでも創作に関わることが出来ていてありがたい。あとは人と会って話すことの大事さを身に沁みて感じた。制作したものの感想を聞けるとモチベーションが上がる。締切がないと何も書けないので、人から締切を設定されるとやる気が出る。

趣味の成果物ができるのは嬉しいことだ。形として残るものがあると、こうして個人で振り返れるし、人と共有することができる。もっと文章を書くことに熱中したい。時間が足りない。

 

・いま書いているもの

ニュージーランド旅行記(仮)』

『本をつくる(仮)』

2本並行して原稿を書いているが、進捗がかなり危うい。特に旅行記のほうは5万字を超える予定なので本当に果てしない。モチベーションを保ち続けて、毎日少しずつ作業して1作仕上げる、そんな習慣を身につけないといけない。2024年のテーマは「持続可能な執筆」、これに尽きる。

 

文学フリマ東京37を振り返る

f:id:ngcmw93:20231116071502j:image楽しかった。今年も参加できてよかった。

まず、新作を出せたのがよかった。秋の文フリに申し込んではいたもののモチベーションが上がらず、既存の本を売るしかないか…と思っていた。しかし9月半ばに書き始めたところ1ヶ月で完成した。締め切りがないと何一つ頑張れない人間なのでゴールを決めておくことは大事だ。出展3日前に納品された。

f:id:ngcmw93:20231116124953j:image最低でも10部売りたいな、と思っていたけれど会場では9部しか売れなかった。しかし打ち上げで友人が2冊買ってくれたので11冊に。ありがたい。新作のエッセイはあまり売れず、旅行記が少し売れた。旅行記ブースで出展した影響もあると思う。来年以降は別ゾーンで出ることも検討したい。しかし周辺の旅行好きの方と喋るのは楽しいし居心地がいいので悩みどころだ。今回も新たに知り合う人がいて参加した意味はあったと思う。

反省点は宣伝不足とブース看板を作っていかなかった点。鞄に入っていたチラシの裏側に即席で位置名を書いたが無いよりマシな程度。もっとブース全体を工夫したい。机の上に立体的な棚を作ったり、宣伝用のボードを置くことが効果的だとわかった。目立つし、何より立ち読みがしやすい。来場者の目線に立つと、筆者と1mもない距離で向き合いながらその目の前で作品を読むのは結構やりづらいと思う。圧を感じる。ブースに立ち寄る人は作者に向き合うのではなく本に向き合いたいはず。次回は宣伝ボードの裏とかにひっそりと座っていることにする。

 

f:id:ngcmw93:20231116073215j:image新作のエッセイ本について。

30歳の節目を迎えるにあたって、頭の中を整理する目的で書いた。まずはiPhoneのメモ帳へ思いつくままにテーマを書き出し、そこから30個くらいを選んで毎日少しずつ書いていった。仕事帰り、蔦屋のタリーズや船乗り場の待合室などで30分ずつ、本当に少しずつ書いたが気づけば50ページ分になっていた。このブログにも書かない自分の思想についてばかり書いた。考えていることを文字に起こし、手触りのある本にすることで客観視できる。それがよかったと思う。

サイズを文庫版にしたのは良かったがフォントはヒラギノ明朝にするべきだった。反省。あと表紙は伊藤計劃の『ハーモニー』みたいに白地にタイトルのみにした。割と気に入っているのだけれど、シンプルすぎてあまり手に取ってもらえなかったようだ。そこは仕方ない。出展ブースの装飾をもう少し工夫するなどして人を呼び込むとして、本のデザインはこだわりを通すべきだ。

 

1万人を超える参加者が来場したらしく、会場はやや混雑していた。ブース数もかなり増えて全部見て回ることは不可能だった。規模が大きくなるのは一長一短がある。ちょっと忙しなさすぎるので、来年12月の東京ビックサイト会場に出た後は地方開催での参加に切り替えることも検討したい。しかし新潟周辺では開催がなく、遠征しなけばならない。前橋会場が終わってしまったようだ。文フリついでに旅行するのもいいかもしれない。

あと、今回初めて見本誌コーナーへ本を置いた。そこで見つけて購入した人がいるかは不明だが、会期終了後は日大に寄贈されるらしいので、試しに献本した。おそらく読まれることはないんだけれど、自分の文章が知らない場所に置かれているのはちょっとだけワクワクする。

粟島旅行記

2023年の夏、粟島へ旅行した記録。1泊2日。

 

⚫︎ 1日目
f:id:ngcmw93:20230722200246j:image10:30岩船港発。船は2019年の就航らしく、とても綺麗だった。乗客はそこそこ多い。天気が心配だったが、ギリギリ雨が降ることはなかった。

2階の座席に座ってプロ野球情報をチェックしていたら島に着いた。片道2,520円で所要時間は1時間半ほど。


f:id:ngcmw93:20230722200209j:image12:05内浦港着。民宿のご主人が迎えに来てくれる。だった1分ほどの距離を車に乗って移動しチェックイン。自分たちの他には2組の客がいるようだった。少し会話する。すぐに港の観光案内所へ行き、レンタサイクルを借りる。今回の旅のメインイベント、チャリで島一周に挑むためだ。離島に行ったらまずは一周しなければならない。1,500円で電動自転車を借りる。

 

f:id:ngcmw93:20230831182046j:image資料館を訪れた。こじんまりとした建物。島の歴史や風習、祭りの様子が紹介されている。両墓制の話が印象的だった。人が死ぬと、死体を埋める墓所と墓参りする墓所の2つの墓を作るらしい。日本で両墓制の集落は近畿地方に多いとのこと。粟島は何故か紀伊半島と文化の交流があったようで面白い。

資料館の近くには粟島小中学校がある。学校の前には島唯一の信号機があった。交通量がほぼ無い島には信号は不要だが、島の子供の学びのために設けられているらしい。

電動自転車は凄い。初めて乗ったが思ったより速度が出る。ペダルを漕ぐたびにぐんぐんと伸びる感覚が面白い。島の北西部、少し標高がある箇所は坂道を登ることになる。電動の動力のおかげでなんとか登り切れた。


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島のあちこちに短歌を詠んだ石碑がある。与謝野晶子の短歌もあった。粟島に来たことがあるのだろうか?調べたが対岸の村上に来た形跡しか見つからなかった。向こう岸から島を眺めて詠んだのかもしれない。

釜谷集落で一息つき、また坂を登る。小高い丘を登ったあたりでどういう訳か道を間違えてしまい、粟島小中学校の前まで降りてきてしまった。なんでだよ。こうして島一周の目的を遂げることなく、サイクリングは終了した。

その後は相棒とキャッチボールをしたり、温泉に入ったりしてのんびりと過ごした。宿で夕食を食べ、ひたすら『魁!男塾』を読むことに時間を費やした。大豪院邪鬼がデカすぎる。一晩で6巻あたりまで読めた。

21時に島内放送が流れる。火の元を確認しましょう、とのこと。夜風にあたりに外へ出たら、遠くから賑やかな声が聞こえる。花火をやっている家族連れがいた。静かで良い時間を過ごせた。

 

⚫︎ 2日目

朝食を食べて、港のあたりを散歩する。

f:id:ngcmw93:20230903160503j:image海へ続く堤防。

f:id:ngcmw93:20230903160339j:image発電所があった。

f:id:ngcmw93:20230903160419j:image10時にチェックアウトし、島のお土産物屋を見る。干物やお菓子が売られていた。あとは旅行ガイドが持つような三角形の旗(ペナント)など。アイスの桃太郎を買う。10年ぶりくらいに食べた。桃ではなくイチゴ味らしい。

その後は、土産物屋の隣にあるカフェで船の時間を待つ。島唯一のカフェのようで、開店と同時に満席になった。ホットドックを食べる。

f:id:ngcmw93:20230903160824j:imageフェリーターミナルの2階には喫茶店があったのだが、しばらく休業しているらしい。こちらも寄りたかったので残念。

 

 

⚫︎ 『粟島馬物語  ─ 人と暮らし ─』について

f:id:ngcmw93:20230903170602j:image島の土産物屋に「粟島馬物語」という小冊子が売られていた。面白そうだな、と直感で買って帰って読んだが、これが素晴らしい内容だった。

粟島には昭和7年頃まで馬が生息しており、その起源は源義経が対岸まで乗ってきて捨てた馬が泳いできた、とか、米沢上杉家の軍馬だ、とか、色々と伝説があるらしい。島の山で暮らす野生馬たちは、田を耕す時期になると男たちに捕まえられ、田んぼを耕すのに使われたらしい。耕し終えたらまた山に放たれた。

この冊子は、島にかつて住んでいた馬について、島の長老たち14人にインタビューし、昔の島の風土を記録したものだった。長老は大正10年から昭和一桁年代生まれの方ばかりで、皆80歳を過ぎている。そんなご老人たちが、バリバリの粟島弁で戦前から戦後、昭和の島の暮らしについて語る。馬の話も興味深かったが、戦争で大陸へ行った話、東京へ出稼ぎに出た話、昭和39年の新潟地震など、長老たちが思い思いに喋る昔話がどれもエピソードとしてかなり面白かった。どの長老も60年も昔のことを鮮明に記憶していて、それが何の脚色もなくそのまま書かれたものが、こんなに面白いとは。人の人生は物語のようだ。なんともいえず感動する。

コラムに書かれていた島の史実もどれも面白い。インタビューに登場するおじいさんの先祖に、船で漂流した末にハワイに辿り着き、7年後に択捉島を通って粟島に帰還した久太郎という人物がいた。大冒険だ。その人が帰還時に持ち帰ったガラス玉がまだあると話されている。久太郎は島へ帰ってからまた漁師をしていたらしい。

奥付には2012年発行とあった。10年以上が経過して、おそらく登場する長老たちにはもう生きていない人もいるだろう。歴史学民俗学の資料としてこういった本が重要なんじゃないかと思う。本当に良いものを読んだ。

 

バンドのMVの話と、制作にかける時間の話

○  バンドのMVの話


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バンドのミュージックビデオを作った。この一年強で3作目(アルバムティザーを入れたら4作目)。ちょっと作りすぎかもしれない。割と力を入れて撮った作品。

撮ったといっても最近撮影した映像は1カットもなくて、全て2016〜2018頃のバンド結成〜活動初期に撮り溜めた映像を編集したものだ。みんな若い。なんとなくのストーリーというか、流れを持たせる構成にした。2番サビのライブシーンでクライマックスになる構成。フィルムダメージのフィルターをかけているが、雰囲気を出すためというよりもそのままの画質だと暗いスタジオ映像が粗すぎるために誤魔化すためだ。カラーグレーディングとか全然使いこなせてない。小節ごとでカットを切り替えているせいで少し野暮ったいのは反省点だ。星野源が「MVのカット割は小節に合わせないことで独特なグルーヴが作れる」と言っていた。まだその技を会得できていない。

・元ネタ: LOSTAGE『NEVERLAND』


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今回は明確にこれのオマージュのつもりで作った。気付く人はいるんだろうか。制作中に50回以上聴いたけど本当に良い曲、良い映像だ。

 

映像の編集は楽しい。撮る時よりも楽しいかもしれない。ここ数年、バンドに限らずたくさんのMVを見続け、主にネットで映像制作の勉強をして、ようやくなんとなく映像を作れるようになった。一番最初に衝撃を受けてこういうのを作りてえな、と思ったのは学生の頃ハマった禁断の多数決の『トゥナイト、トゥナイト』のMVだった。あまりにも癖が強く、情報量が多すぎるのに美しい、とんでもない傑作だ。今でもモチベーションになっている。とても真似できるものではないけど、見返すたびに学ぶものがある。

自分はダヴィンチリゾルブ(無料版)を使っている。1年使ってもまだ手探りで、機能をネットで調べながら使っている。フィモーラよりも慣れると使いやすい。佐久間信行はテレビ業界の編集はFinal CutかAdobe Premiereを主に使うと言っていた。興味はあるが、とりあえずダヴィンチに自分がやりたい機能は揃っているのでこれを極めたい。あとはカメラを買うかずっと悩んでいる。車のローンを払い終われば次のボーナスで買うのだが。iPhaneの手軽さと機能性に慣れ過ぎている。もっと本格的に撮りたい。

 

 

○ 制作にかける時間の話

このMVの曲を含む2曲入りシングルを5月に発売する。レコーディングが完了してからマスタリング終了まで丸3年かかった。時間がかかりすぎだと思う。とにかく出せて良かった。

創作をする上で、作ってから発表するまで時間がかかることはよくある。なんなら開発地獄に陥ってずっとお蔵入り状態、みたいなものも世の中にはきっと多くあるんだろう。そういった作品が何十年の時を経て世の中に出たとき、制作した側も受け取る側も、何か得することなんてあるのか...? とやや批判的に考えてしまう。作品は、世に出て人の目に触れることで初めて作品になるという言説は本当にその通りで、せっかく作ったものが誰の目にも触れられずにハードディスクの隅で眠っているのは残念なことだ。どんなに個人的なものでも、自己満足でも、匿名でいいからネットの海にでも放り投げておけば誰かの目に触れるかもしれない。完成まで熱量が続かなかったとか、作るのに飽きただとか、そういう事例を時々聞く。未完成に終わったその作品の存在や、それを作っていた時間とか、そういったものに思いを馳せて少しやるせない気持ちになる。それはあくまで習作というやつで、その後に作る作品に活かせればいいという考えもあるのかもしれない。

少しズレるが、作曲をする友達が作った曲をすぐに出さないことを「発酵させる」と表現していた。一旦寝かせておくことに意味を見出している言っぷりだった。今度会ったら詳しく聞きたい。

 

 

 

『シャドウ・ダイバー 深海に眠るUボートの謎を解き明かした男たち』

 

面白かった。程よいページの多さと重厚な人間描写で読後はかなりの余韻があった。レック・ダイビング=難破船の発掘ダイビングに挑む男たちのノンフィクション。


構成がとても秀逸だった。ジョン・チャタトン、リッチー・コーラーらのダイバーが調査を進める様子を軸に、ふたりのこれまでの半生、生き様や信条が描かれる。下巻の後半に差し掛かるところで「戻らぬ覚悟」と題した、戦場へ向かうドイツ軍Uボート部隊の乗組員の人生が描写される章がある。二人の子がいる艦長、弱冠22歳の副艦長、婚約者がいる通信士、その他10代の乗組員たち。この章によって、本書のストーリーの本筋が「大西洋に沈む謎の潜水艦の正体を解き明かすこと」だったのが「潜水艦の正体を解き明かし、死んでいった乗組員の魂を弔うこと」に変わっていく。戦時中は何よりも恐れられ、戦後は誰にも知られることなく何十年も海底に沈んでいたU-ボートも、実際に動かしていたのは生身の人間なのだ。しかも、その大半はまだ二十歳前後の若者たちであり、それぞれの暮らしがあった。ここに描かれているエピソードは想像による部分も多いと思われる。全員がナチスの思想にかぶれている訳ではなく、ただ時代のせいで戦争へ行った若いドイツ人がいたことを知ることができた。そして、ラストで慰霊のために乗組員の遺族を尋ねるコーラーのエピソードで驚くことになる。まさか、元乗組員の生き残りが一人だけいたとは……。とてもドラマチックな展開だった。


その他、特に上巻の第4章・ジョン・チャタトンの人生の話が印象的だった。高卒で陸軍に志願、日本の病院勤務からベトナム戦争の最前線で活躍後一時荒れた生活を送り、ホタテ漁をきっかけにダイビングへ熱中、妻と出会い海中溶接工を経験してから30代で本格的なダイバーとして活動するようになる、激動の前半生だ。

レックダイバーたちは、ダイビングを通じて自分自身と向き合うことになる。ひとつの物事にとことん向き合うと、そこに哲学が生まれる。ダイビングについて語るうちに、気がつけば人生の話になっている、そんなエピソードがいくつもある。

危険を承知で深海を冒険し、歴史を発見すること。誰も見つけたことのない遺物の第一発見者となることに命を燃やすこと。

せいぜいあと50年程度しかない限られた自分の人生を、何に費やすのか。若いうちにそれを見つけて、一生注力することが何よりも幸せなんじゃないかと思う。一生夢中になれるものを見つけて、自分の人生の持ち時間をそれに費やすこと。これが何よりも重要なのだと気付かされる。


最近、ドキュメンタリーなどの人にフォーカスした物語に心を動かされることが多くなった。人を描く、ということは、結局はその人物の人生を描くことになる。重厚な物語を描くには、やはり登場人物の人生を掘り下げ、その行動や信条の根拠を示さなくてはならない。漫画でいう過去編。これがあるかないかで読み手の入れ込み方が変わってくる。波瀾万丈、壮絶にドラマチックな人生を歩んできたキャラクターが何かに挑んでいたら、それは応援したくなるものだ。この小説の主人公であるジョン・チャタトンとリッチー・コーラーの人生にはそれがある。そしてふたりの過去を知る読者は、ふたりが生涯をレックダイビングに捧げるに至る訳を知っているために、切実なまでに潜水艦の解明に時間を費やす行動に、なんの疑問もなくついていける。

 

レックダイビングを通じて、人生の真髄を知る男たちの熱い物語だった。中盤まではミステリのような要素もあり、かなり満足度の高いノンフィクションだ。