状況が裂いた部屋

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『シャドウ・ダイバー 深海に眠るUボートの謎を解き明かした男たち』

 

面白かった。程よいページの多さと重厚な人間描写で読後はかなりの余韻があった。レック・ダイビング=難破船の発掘ダイビングに挑む男たちのノンフィクション。


構成がとても秀逸だった。ジョン・チャタトン、リッチー・コーラーらのダイバーが調査を進める様子を軸に、ふたりのこれまでの半生、生き様や信条が描かれる。下巻の後半に差し掛かるところで「戻らぬ覚悟」と題した、戦場へ向かうドイツ軍Uボート部隊の乗組員の人生が描写される章がある。二人の子がいる艦長、弱冠22歳の副艦長、婚約者がいる通信士、その他10代の乗組員たち。この章によって、本書のストーリーの本筋が「大西洋に沈む謎の潜水艦の正体を解き明かすこと」だったのが「潜水艦の正体を解き明かし、死んでいった乗組員の魂を弔うこと」に変わっていく。戦時中は何よりも恐れられ、戦後は誰にも知られることなく何十年も海底に沈んでいたU-ボートも、実際に動かしていたのは生身の人間なのだ。しかも、その大半はまだ二十歳前後の若者たちであり、それぞれの暮らしがあった。ここに描かれているエピソードは想像による部分も多いと思われる。全員がナチスの思想にかぶれている訳ではなく、ただ時代のせいで戦争へ行った若いドイツ人がいたことを知ることができた。そして、ラストで慰霊のために乗組員の遺族を尋ねるコーラーのエピソードで驚くことになる。まさか、元乗組員の生き残りが一人だけいたとは……。とてもドラマチックな展開だった。


その他、特に上巻の第4章・ジョン・チャタトンの人生の話が印象的だった。高卒で陸軍に志願、日本の病院勤務からベトナム戦争の最前線で活躍後一時荒れた生活を送り、ホタテ漁をきっかけにダイビングへ熱中、妻と出会い海中溶接工を経験してから30代で本格的なダイバーとして活動するようになる、激動の前半生だ。

レックダイバーたちは、ダイビングを通じて自分自身と向き合うことになる。ひとつの物事にとことん向き合うと、そこに哲学が生まれる。ダイビングについて語るうちに、気がつけば人生の話になっている、そんなエピソードがいくつもある。

危険を承知で深海を冒険し、歴史を発見すること。誰も見つけたことのない遺物の第一発見者となることに命を燃やすこと。

せいぜいあと50年程度しかない限られた自分の人生を、何に費やすのか。若いうちにそれを見つけて、一生注力することが何よりも幸せなんじゃないかと思う。一生夢中になれるものを見つけて、自分の人生の持ち時間をそれに費やすこと。これが何よりも重要なのだと気付かされる。


最近、ドキュメンタリーなどの人にフォーカスした物語に心を動かされることが多くなった。人を描く、ということは、結局はその人物の人生を描くことになる。重厚な物語を描くには、やはり登場人物の人生を掘り下げ、その行動や信条の根拠を示さなくてはならない。漫画でいう過去編。これがあるかないかで読み手の入れ込み方が変わってくる。波瀾万丈、壮絶にドラマチックな人生を歩んできたキャラクターが何かに挑んでいたら、それは応援したくなるものだ。この小説の主人公であるジョン・チャタトンとリッチー・コーラーの人生にはそれがある。そしてふたりの過去を知る読者は、ふたりが生涯をレックダイビングに捧げるに至る訳を知っているために、切実なまでに潜水艦の解明に時間を費やす行動に、なんの疑問もなくついていける。

 

レックダイビングを通じて、人生の真髄を知る男たちの熱い物語だった。中盤まではミステリのような要素もあり、かなり満足度の高いノンフィクションだ。